「・・・っていう風な演出に引っかかってくれて、とりあえずは良かったんだけどなぁ・・・」

走りながらイスナは、先ほどの戦闘で自分がとっさに考え付いた『コアを強制的に休眠状態にして、相手に獲物を仕留めたと思い込ませる戦法』の効果の有無をのんきに考えていた。
確かに、動きを止めて倒れたガンスナイパーを見たレブラプターは、ガンスナイパーを仕留めたと思ったのだろう。実際、腹の装甲を突き破って体内に侵入したカウンターサイズは、コアぎりぎりのところにまで達していたが、再生できないほどでもなかった。ガンスナイパーも、れっきとしたオーガノイドシステム搭載ゾイドなのだ。あの再生能力の高さは、イスナ自身が良く知っていた。
しかし、幸か不幸か、そこからが問題だった。敵を倒して満足したのか、レブラプターはガンスナイパーに止めを刺そうとはせず、何とか脱出したイスナの追跡に走ったのだ。

そんなわけで、彼女とレブラプターの追いかけっこは続いていた。

いつしか、相手をまくために入った森を抜け、開けた場所に出ていた。
当初の目的はどうやら達成されたらしく、レブラプターが追ってくる気配はなかった。
事の収拾を確認して脱力したイスナは、溶けるように、両手を突いてその場にへたりこんだ。まだ息は荒い。
「つ、疲れた・・・一生分、いや、それ以上は走ったかも・・・」
肩で息をしながら、来世は走らなくていい生き物(カノントータスとか?)に生まれたいなどと考えながらふと顔を上げると、そこに、異様なものが聳えていた。

「遺跡・・・いや、工場かな?」

大きくかけ離れた二つの言葉が同時に浮上したが、確かにそのどちらともとれる建造物が、そこにあった。
もとからそうなのか、時の流れがそうしたのか、その外壁にはいくつもの大きな亀裂が入り、植物が自生し、ツタが絡んでいるところもある。
まさに、森に飲まれようとしている、そんな雰囲気だった。

しばらく呆然と眺めていると、背後の樹海から、ぞくっとするような咆哮が響いてきた。
獲物が見つけられない苛立ちからか、それともツタか何かに引っかかって抜けられないで助けを求めているのか、あるいは泥沼に突っ込んでしまった足が汚れて<怒っているのか、もしかしたら耳元でブーンと羽音を立てる虫がうっとおしいのかは知らないが、紛れもなくそれはレブラプターの苛立った咆哮だった。
「と、とりあえずは助けが来るまでは動かない方がいい、か。うん、そうだ」
答に達したイスナは逃げるように遺跡工場(仮)の中へと入っていった。


暗い。

暗い暗い暗い。

何で窓があるのにこんなに暗いの?

ていうか、なんで窓閉まってるのに風が吹いてくるの?

なんか、結構怖いんですけど。空気的に。

なんか、かなり嫌〜な寒気がするんですけど。

床は埃まみれ。人が出入りしてる形跡ナシ。

ああ〜嫌だな〜外出ようかな〜。

・・・

ちら、と歩いてきた入り口を振り返る。開けた砂場の向こうに、微かに樹海が見える。

・・・

ああ〜でも出た瞬間鉢合わせになって「あ、どうも」とかなったらもっと嫌だしな〜。

あ、階段。

しかも下りの。

・・・真っ暗だよ。

・・・

その時。窓に背を向ける形で階段と向き合っていたイスナのすぐ後ろから、建物に入る直前に聞いたのと同じ咆哮が轟いた。それこそ、息が吹きかかるような距離で。

「―――――――――――――――――――っ!!!!!!!!!!!!」

すぐ後ろにいたであろうレブラプターを視認する余裕もなくその勢いに蹴り上げられたように、イスナは無我夢中で目の前の階段を駆け降りた。それこそ、ストームソーダーやレイノスも追い越しそうなほどのスピードで。
そして、彼女の意識が体のコントロールを取り戻した頃には、彼女は最下層階にまで辿り着いていた。

そこは、小さな工場だった。いや、格納庫といった方が良いかもしれない。それほどの規模だった。駐機ハンガーも、一機分しかない。
どうやら天井は上まで突き抜けているらしく、僅かに差し込む太陽の光と縦横に張り巡らされた照明やクレーンアームがチェック模様の影を描いていた。
そして、そのハンガーに固定されたものを彼女は見た。ゾイドだった。コマンドウルフに酷似した、それでいて一回り大きなフォルム。蒼い装甲に身を包み、背部にはブースターポッド。日の光を受けて光る蒼い巨体と、周辺に舞う埃もまた同じように光を反射しあい、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。

コマンドウルフの後継機を思わせるその機体に、彼女は恐る恐る近づいた。
「コマンドウルフ・・・じゃない。何だろう、このゾイド・・・」
吸い寄せられるように階段を上り、キャットウォークを通って割りと幅を利かせたコクピットの横に佇む。
「乗ってもいい・・・かな。取りに来る人なんか、いないよね・・・」
建物の様子を見る限りでは、ここ数年、人が近付いた形跡はなかった。おそらくは、忘れ去られた軍の秘密工場か何かだろう。ゾイドの形状を見る限りでは、おそらくは共和国軍の。
「ま、いっか。どうせしばらくはガンスナイパーは使い物にならないし、もしかしたらこの子、高値で引き取ってくれるかもしれないし」

もしかしたら軍の最重要機密かも、という考えを無理矢理封印して激しく自己中心的な回答を導き出したイスナは、うん、と頷くと、先ほどのガイサックと同じ要領でコクピットを開けようとした。が、何かを思いついたように、ぴくっと伸ばした手を止めた。視線は、埃で曇ったキャノピーに向けられていた。
「なんか、この子汚れてる・・・ま、ずっとほっとかれたんだから無理もないか。・・・あ、そうだ」
両手を腰に当てて辺りを見回すと、背後にコントロールルームらしい、これまたガラスの曇った窓の向こうに、コントロールパネルのようなものが見えた。
「ふむ」
扉の前に立つ。ノブはない。自動ドア。しかし当然反応せず、開かない。
「ん〜」
少し考えた、次の瞬間。

格納庫中に、がっしゃーんという凄まじい音が響き渡った。

片足を大きく上げたイスナの眼下で、コントロールルームの扉が部屋の中に向かって倒れていた。その衝撃で、部屋中に埃が舞う。倒れた金属製のドアの真ん中あたりが、靴の形に陥没していた。
「よしっ」
部屋の中に侵入したイスナは、ダメ元でメインスイッチを入れた。ヴン、という機械的な音と共に、次々にモニターが点灯していく。
「え?生きてるの?」
どうやら、管理システムはかなり厳重に保護されていたらしく、これだけ埃っぽいところに放置されていたにもかかわらず、ほぼ全システムが正常に稼動したのだ。
イスナは一番大きなモニターの前に備えられたキーボードに両手を置くと、カタカタとキーを打ち始めた。あの蒼いウルフの情報を調べるためだ。しかし、その殆どがパスワードで厳重に保護され、武装や、各種センサー類の仕様など以外は、全くと言って良いほど何も情報を引き出すことが出来なかった。機体名すら分からない。
「あう・・・やっぱりダメ?」
再び頭の中に浮いて出た最重要機密という言葉を無理矢理押し込んで、イスナはさらに詮索を続けた。そして、ひとつの項目を見つけた。
「メンテナンス・・・オプション?」
画面にいくつかのアイコンが並んで表示された。
「うわ〜、ずいぶんとゼータクな所に住んでるんだね、あんた」
イスナはアイコンのひとつを選択すると、それを実行させた。
「さ、これで綺麗になるよー」
振り返ったイスナの視線の先で、ハンガーの下から生えてきたいくつもの黒いポールの間にエネルギーフィールドが張り巡らされ、ウルフを四角いエネルギーの箱で覆ってしまった。緑色に光るエネルギー膜の内側で、高圧の水が至る所からウルフめがけて噴出しているのが見える。
「あはは、食器洗浄機みたいだね」
満足げに胸を張るイスナの後ろでは、イスナの用意していたディスクが、不明な箇所だらけのウルフのデータを根こそぎコピーし終わったところだった。

再びウルフのコクピット横にやってきたイスナの目の前に、すっかり洗浄された新品ならではのキャノピーが、澄んだオレンジ色の光を放っていた。
「綺麗だよ・・・じゃ、ちょっとお邪魔するね」
そう言って、今度こそコクピットを開ける。鼻の先を支点に前方へ大きく展開していくキャノピーが開いていくのに合わせて、イスナの表情がまるで開花する花を高倍速で見るように晴れやかになっていった。
「よしっ」
軽やかな身のこなしでコクピットに飛び込むイスナ。新品のシートの匂いがイスナの鼻腔を刺激する。イスナは思いっきり大きく息を吸い込んだ。
「んーっ、やっぱ新しいゾイドっていいなぁ〜♪」
そしてコクピットを閉め、コアを起動させ、メインエンジンに火を入れる。コクピット内に明かりが灯り、モニターが次々と点灯していく。ゾイドコアのコンディションを示すメーターは、全てにおいて正常だとイスナに告げていた。
「うわ、元気だねぇ・・・ゴハンもちゃんと貰えるようになってたもんねー」
先ほどのメンテナンスオプションに餌となるイオン水の自動供給システムだけが独立して起動し続けていたことを思い出したイスナは感嘆の声を上げた。どうやらこのゾイド、相当大事に扱われていたらしい。しかし・・・
「え、と・・・あれ?」
まさに操縦桿を握ろうとした瞬間、イスナは今まで考えもしなかった肝心なことにようやく気がついた。コクピット越しに格納庫の中を360度見回して、自分が今初めて気付いた通りだと実感した。

出口がないのだ。

「っあれ〜?おかしいなあ。じゃどうやってこの子ここで作られたんだろ」
首をひねっていると、メインパネルにメッセージが表示された。
「発進シークエンス起動・・・ハッチ開放、リフトアップ開始??」
イスナが思わず声に出して読み上げたのと同時に、その通りのことが起きた。
上の方に釣り下がっていた照明やクレーンが大きな機械音と共に壁面へと収納され、ガラス張りの天井がガラガラと音を立てて左右に割れ始めたかと思うと、ウルフを乗せたままのハンガーが上昇を始めたのだ。
「え?え?ちょっと、ちょっとっっ!!」
ますます速度を上げて上昇するリフトに身を任せて数秒もしないうちに、彼女を乗せたウルフは地上世界へと戻ってきていた。そこは、ビル二階分程度の遺跡工場(仮)の天井の一角だった。懐かしい日の光がウルフとイスナを照らしていた。
突然の出来事に言葉を忘れ、眼下に広がる砂地を見下ろすイスナ。
そして、声にならない驚きの声を上げた。そこにレブラプターがいたからだ。いや、ただそこにいただけなら別に驚くべきことではない。問題は、こちらを見上げるその目の数だ。
「ふ、増えてる・・・」
六匹×2の数のレブラプターの目が全て、イスナに集中していた。

おそらくはイスナが地下に降りている間に仲間を呼んだのだろう。野性体でも高い知能とチームワークを駆使して獲物を捕らえるレブラプターにとって集団戦法はお家芸だ。もちろん、機獣化されてもその特性は消えることはない。
「えと、絶体絶命って言うんだよね、こういうの・・・」
うん、そう。と自問自答するイスナ。状況は、まさにその通りだった。しかし、今は先ほどまでのような丸腰ではない。

イスナは、初めてウルフの操縦桿を握った。

「いけるよね・・・ウルフ!」

イスナの呼びかけに答えるように、ウルフが大きく咆哮した。


負けない。負ける気がしない。湧き上がってくる感情に気付いたイスナは、それが操縦桿越しに、自分と同じ視点でレブラプターの群れを見下ろすウルフから伝わってきた感情のように思えた。



                             EPISODE01 END