翌朝、カーナ幹線道路をゆっくりとした足取りで進むゾイドの一団があった。イスナ達だった。イスナのウィスタリアウルフを先頭に、フローランのゴルヘックス、ラゼットのヘルキャット、その後ろにはガンスナイパーを運ぶためのグスタフが続いていた。そのコクピットには、ソウマの姿があった。
「まさか僕がヘルディガンナー以外の操縦桿を握る日が来るとは・・・」
がっくりとうなだれるソウマ。それもそのはず、彼はギルド入りした当時からずっとヘルディガンナーに乗り続けていたのだ。
「ごちゃごちゃ言うな。一度くらい一般ゾイドにも乗っとけこの軍事ゾイドオタクが」
コクピットの通信モニターにラゼットの姿が映し出された。
「貴様ッ!オタクを愚弄するつもりか!?」
いきなりソウマがラゼットに向かって人差し指を突きたてた。
「はぁ!?何訳分かんねーこと言ってんだ!?てか何でいきなりケンカ腰なんだよ」
「・・・」
しばらくそのままの体勢でいたソウマだったが、やがて手を引っ込めると、ロウソクの火が消えたようにいつもの落ち着いた顔に戻って言った。
「ただの暇つぶしだよ」
「ぁ・・・そ」
気のない返事を返したラゼットだったが、何かを閃いたようにグスタフの後ろへと回り込んだ。その途端、グスタフが急に失速した。見ると、グスタフのキャリアに、ヘルキャットがこじんまりと座って尻尾を揺らしていた。
「あ!き、貴様!降りろ!今すぐ降りろ!僕だけ働かせて自分は休もうなどというアンフェアーは許さんぞ!」
わめくソウマだが、ヘルキャットは何も聞こえていないかのようにちょこんと座ったまま首をかしげた。
「はははー、何も聞こえんなー」
手と足を組んだラゼットが勝ち誇ったように嘲笑した。
「ぬぐっ・・・いいだろう、ならばこちらにも考えはある」
そう言って不敵な笑みを浮かべたソウマが、コンソールのレバーのひとつに手をかけた。
その瞬間、ラゼットのヘルキャットを乗せたキャリアが切り離された。
牽引の無くなったキャリアが、一団からどんどん離されていく。
「あ、おい!コラ!こらぁぁっ!!」
「・・・もう、何やってるんだか」
二人の漫才を流し目で見ながらフローランが呟いた。
「あははー。・・・それより、確かこの辺だったよね?」
「うん・・・あ、ゾイドコアらしき熱源探知。距離1500」
「りょーかい!行くよ、ウィス!!」
イスナが勢い良く操縦桿を倒した。それに呼応したウィスタリアウルフが咆哮とともに走り出した。どうやら彼女の中でウルフの呼び名は『ウィス』に収まったらしい。もちろん、ウィスタリアのウィスだ。
「あ!ちょっと!・・・もお」
「じゃ、俺もひとっ走りするかな」
そう言うと、ラゼットのヘルキャットもイスナを追って勢い良く飛び出した。
「あ、待ってよぉー」
たまらずフローランもそれを追う。
「あ・・・ねぇ、ちょっと?」
ソウマの弱々しい声は誰の耳にも届いていなかった。ヘルキャットも、ゴルヘックスもどんどん遠ざかっていく。
「あー・・・」
残されたソウマが振り返ると、遠く視線の先に自分が切り離したキャリアがあった。
「なぁ、世間はいつも僕の手足のように冷たいんだよ。分かるかい?グスタフくん」
そう呟くと、ソウマは瞳から光るものを流しながら一人寂しくグスタフをバックさせ、キャリアーを回収するのだった。

ラゼットのヘルキャットに少し遅れてフローランが合流した頃には、イスナはすでに横たわるガンスナイパーの手当てを始めていた。その傍らではラゼットが見守っている。
「一応、応急処置はしとかないとね〜」
ラゼットとフローランが後ろから覗き込む中で、独り言を呟きながらイスナは貫かれたガンスナイパーの腹に手を入れ、装甲の破片を取り除いた。そして、ラゼットからブラシを受け取り、細かなカスを掃き出す。今度はブラシからスプレーに持ち替え、わずかに露出したゾイドコアに向かって散布した。これは一種の消毒薬だ。コア自体の傷は殆ど回復しつつあるが、雑菌が入り込めば感染症にもなりかねない。
「痛い?ちょっと我慢してねー」
ガーゼを当てた傷口にスプレーを吹くたびに、コアがびくんと痙攣する。コアの神経束を本体から切り離していなければ、大暴れしていたことだろう。
2、3度それを繰り返した後ガーゼで傷口を覆い、テープで止める。
「ふい〜。とりあえずはこれでよし、と」
作業を終えたイスナがぺたんと尻餅をついた。
「ふう、なんかこっちまで疲れたな」
「あとはソウマさんのグスタフ・・・あ、来た」
フローランの声とともに二人が振り返ると、どこか重い足取りのグスタフがちょうど止まった所だった。
「・・・君たち輸送機を置いて先行するのはどうかと思うのだが?んん?」
ソウマの声は微かに震えていた。
「あれ、なんか怒ってない?」
フローランが不思議そうな顔で呟く。
「いや気のせいだ。そういう事にしておこう」
すまし顔で答えるラゼットの言葉に、フローランは一人納得したようにこくこくと頷いていた。

「じゃ、俺はこれからジャンク市に寄ってくから」
無事にガンスナイパーをグスタフに乗せ終えるのを見届けたラゼットが言った。
「え?あ、そう?」
「じゃ、またあとでねー」
「おぅ」
そう言ってラゼットがコクピットに消えた瞬間、グスタフの拡声器からソウマの声が響いた。
「また無駄遣いか」
「うるせぇよ!またって言うな!」
ラゼットの言葉と同時に振り返ったヘルキャットは、すでにブレードを展開していた。
「刃物を出すな!刃物をっ!!」
そんなやりとりを交わした後で、一行は2方向に分かれていった。

同じ頃、一体のガーディアンギルド所属のサイカーチスが野良ゾイド探索の為に海岸線上空で警戒飛行を行っていた。そのレーダーが、巨大な物体の存在をキャッチした。
「ん?何だ・・・」
パイロットは進路を変え、レーダーの示す場所に急行した。そして、建造物よりも巨大な、大破した輸送ゾイドを発見した。サイカーチスのコンピューターがその正体をはじき出す。
「ホエールカイザー?なぜこんな所に・・・落とされたのか?しかし、この大きさは・・・」
サイカーチスのパイロットが驚いたのも無理は無い。今眼下で横たわるホエールカイザーの残骸は、目算でもデータの3倍以上の大きさがあったのだ。
不審に思ったパイロットが降下しようとした瞬間、センサーが反応した。
「ロックされた!?」
そして、それと同時に残骸の陰から2本のレーザーが真っ直ぐこちらに向かってきたのだ。
「っ!?」
とっさに機体を翻してやり過ごす。しかし、レーザーは等間隔をおいて、何度もこちらを狙ってくる。パイロットは通信機を手に取り、眼下にいるであろうゾイドのパイロットに呼びかけた。
「こちらはガーディアンギルドだ!戦闘の意思は無い!攻撃を中止されよ!」
しかし反応は無く、攻撃も一向に止む気配が無い。
「くそっ!」
機体側面のビーム砲で弾幕を張りながら機体速度を最高速にまで引き上げる。そして次々と襲い来る砲撃をかわし、なんとか空域から離脱することに成功した。
「何だったんだ、一体・・・」
そして、この事実を報告するために、彼は基地への空の道を急いだ。

「よおラゼット、また来たのかい?」
その頃、ラゼットはジャンク市へと到着していた。
「ん、まあ今回は情報集めだけどな」
気さくに話しかけてきた体格のいい白髪交じりの親父に、ラゼットは少しすまなさそうに答えた。いつもは良い品を格安で提供してもらっているが、今回はそれが目的ではなかったからだ。ウィスタリアウルフの情報を少しでも集めるのが目的だった。物と一緒に情報のやり取りも盛んなジャンク屋は、思いのほかそういったものの回りも速いのだ。
「ほう、珍しいな。あ、情報といえば、知ってるかい?今度、帝国軍がこの辺りに進出してくるらしいぜ」
「・・・帝国軍が?」
「ああ、なんでも野良ゾイド回収とかいう名目で、一個大隊クラスの部隊が派遣されるらしい」
「野良ゾイドの回収って・・・なんでまた。俺たちがいるじゃねぇか」
ラゼットの疑問は最もだった。ガーディアンギルドは、軍から委託される形で設立された。それは軍に、野良ゾイドを回収する力が無かったからだ。未だ国力も軍備も不十分なはずの帝国軍に、戦闘ゾイド50機を擁する正規軍一個大隊をこんな辺境に派遣できるはずがない。しかも、野良ゾイド回収のために。
「ま、詳しいことは分からんし、あくまで噂だけどな」
白髪のジャンク屋はそういって笑ったが、ラゼットは知っていた。ジャンク屋の噂ほど確かなものは無い、と。
「そうか・・・ありがとう、おやっさん。今度何か買いにくるな」
「おう、こっちも上物用意してやるぜ」
ラゼットは挨拶もそこそこに愛機へと駆け戻り、基地へと走り出した。
「姉キのやつ、そんなこと言ってなかったぞ・・・まさか、もうあのウルフのことを嗅ぎつけたのか・・・?」
焦る気持ちを吐き出すように、ラゼットはブースター全開で駆けた。

                             EPISODE03 END