「まったく、面倒なことにならなければいいが・・・」
シールドライガーのコクピットで、エリスがため息混じりに呟いた。右手には広がる樹海。
左手には、青く広がる海。決して悪い景色ではない。しかし、これからのことを考えると、その景色を楽しむのも無理だった。
「あの、エリスさん」
よちよちとライガーの隣を歩くゴルヘックスに乗るフローランの顔がモニターに映し出された。
「ん?」
「あの、イスナのウルフのことなんですけど・・・やっぱり、色々と調べたりするんですか?」
顔を下げ、時々こちらに目をやりながら、心配そうな表情を浮かべるフローラン。
「ん、まあ、メンテや補修の時には必要になってくるからな。どうした?」
「イスナ、言ってました。自分が厄介事を持ち込んだせいで皆に迷惑がかかったらどうしようって・・・本人は笑って話を逸らそうとしたけど、あれで結構責任感じちゃうタイプなんで・・・」
「そうか・・・わかった。本人が言わない限りこちらから詮索するのはやめておいた方がよさそうだな」
「すいません・・・」
「なに、心配するな。もし何かあったら私がなんとかする」
エリスの言葉を聞いたフローランは、安心したように笑みを浮かべた。
その直後だった。不意に、視界の先に巨大な物体が姿を現した。サイカーチスに保存されていた画像と同じものだった。
「あれが・・・ホエールカイザー・・・」
「大きい・・・」
要塞のような巨体を見つめ、驚嘆の声を漏らす二人。先に我に返ったのは、エリスだった。
「フローラン、ライガーの後ろにつけ。もし砲撃があったら、私のシールドで受け止める」
「は、はいっ」
緊張感を帯びたエリスの指示に従い、ライガーの後方へとまわるゴルヘックス。
「索敵は頼んだぞ・・・」
気付くと、左手に広がっていた海は消え、無数の木々が生い茂っていた。もう、いつ襲われてもおかしくはない距離にまで来ていた。ホエールカイザーの残骸も、さっきより一層大きく映る。
周囲を警戒しながら、ゆっくりと進むライガーとゴルヘックス。緊張が、徐々に高まってくる。索敵用のレーダーに目を配り、熱源探知機にも気を配る。
やがて、ホエールカイザーまで数百メートルという距離まで来た二人は、その光景に絶句した。
そこは、なだらかな下り斜面になっていた。おそらくはホエールカイザーが落下したときに出来たクレーターだろう。その坂の先に、横たわるホエールの巨体があった。そして、その手前。そこに、うごめくものがあった。
ゾイド。レブラプターだ。群れている。それぞれが自分の意思で自由に動き回り、じゃれあったり、かすかに覗く海の水を飲むことで、食料を確保している。明らかに、野良ゾイドだ。だが、その数は半端ではない。
「・・・数は?」
何とか声を絞り出したエリスがフローランに聞いた。
恐る恐るレーダーに目をやったフローランは、目を見開いた。
「レブラプターの熱紋を確認。数・・・49」
「よ・・・49機だと!?」
思わず振り返ったエリスに、フローランが続ける。
「さらにひとつ、大型の熱源・・・ライブラリ照合・・・ジェ、ジェノザウラーです!」
「ジェノザウラー!?・・・やはり、か。だが、この群れは・・・」
目を凝らすエリス。いた。赤い群れの中に、黒と紫の一際大きな恐竜型ゾイド。動きからして、野良に間違いない。
突然、その背中のレーザーライフルが動き出したかと思うと、真っ直ぐにエリスのシールドライガーに狙いを定めた。ジェノザウラーは、全く気付いた様子はなく、後ろを向いてのんきにあくびなどしている。
「レーザー照準・・・ロックされた!?」
エリスが叫んだ。その瞬間、2本の閃光がまっすぐこちらへと向かって放たれた。
とっさにシールドを張る。その直後、エリスの眼前に2本の閃光が迫り、シールドに弾かれて消えた。
「そういうことか・・・!」
エリスが呻いた。
「エリスさん!今のは・・・」
「今は説明している時間はない!ここを離れるぞ!やつら、こっちに気付いた!」
エリスの言葉を裏付けるように、突然の閃光に驚いたジェノザウラーやレブラプターの群れが、一斉にこちらを振り返ったのだ。
「フローラン、煙幕弾射出!全速離脱だ!」
「はいっ!」
ゴルヘックスの尾から、シールドライガーの展開式ミサイルポッドから、次々と煙幕弾が発射され、レブラプターの群れを黒い霧で包む。それと同時に真後ろに向き直り、全力で走り出す。
レブラプターのスペック上の最高速度は210キロ。対してライガーは楽に250キロは出せる。運動性能でもこちらが上。だが、ゴルヘックスは130キロしか出せない。
「フローラン!」
「私は大丈夫です!それに・・・追ってくる気配もないみたいです」
2機が後ろを振り返る。レーダーに映る赤い点も、混乱しているためか忙しなく動いてはいるものの、その場を離れこちらに向かってくるものはなかった。

それからしばらく走った後、2人は足を止めた。見渡す限りの荒野。その向こうには、かすかにさっきの海が覗いている。
2人は愛機から降りると、並んでライガーのつま先に腰を下ろした。
「エリスさん、あの群れ・・・」
「ああ、全く厄介なものだ」
エリスはそういってため息をつくと、仕切りなおすように説明を始めた。
「あのホエールカイザーは、おそらく大戦中に、南エウロペに部隊を運ぶ最中、何らかの理由であそこに不時着したんだろう。ゾイドが放っておかれてるところを見ると、乗組員は助からなかったみたいだな。それで残されたゾイドたちは揃って野生化。たまたま近くにあった海を餌場に、そのままホエールに棲み付いた、ってところだろう」
「じゃあ、あのジェノザウラーの砲撃は?」
「ゾイドの積んでいる火器には自動的に敵を捕捉し、パイロットの判断無しに発砲するシステムがある。もとは混戦時にパイロットを補佐するためのシステムだが、何らかの理由でそれが起動してしまったんだろう。とにかく、あいつらが野良ゾイドだった以上・・・」
「私たちが、捕まえなきゃいけないんですね・・・」
あれだけの数を、と言おうとしてそれを飲み込むフローラン。
49機のレブラプターに、射撃能力を備えたジェノザウラー。その数字だけで、基地にいるゾイドの数を大きく上回っている。しかも、その全てが格闘戦に特化したオーガノイドシステム搭載機。相手が旧式機なら正規軍でさえ一瞬で撃滅できるほどの軍団だ。
それを、殺すことなく全て捕獲。倒すよりもはるかに難しい。
「とりあえず基地に戻ろう。今回の仕事は・・・総力戦になるぞ」
2人は愛機へと戻り、基地へ向けて歩き出した。
その様子を伺う1体のレブラプターの存在に、エリスはおろか気疲れしていたフローランすら気付くことはなかった。

基地は、過去に例のない異様な空気に包まれていた。その場にいるだけで伝わる緊張感が満ちている。
整備場ではその設備全てがフル稼働し、絶え間ない無機質な機械音と、作業員の声が埋め尽くしていた。
エリスとフローランが行った偵察の内容は、既に基地の人間全員に知らされている。来るべき総力戦に向け、準備を進めているのだ。
格納庫に並ぶモルガやレブラプターの全てが入念に整備され、目的に応じた装備を施されていく。

「なんと!まさか!こんなところで漆黒の虐殺竜と謳われたゾイドと相見えることになろうとは!」
場違いな嬌声を発しているのはソウマ。愛機ヘルディガンナーのコクピットで両手を天にかかげている。
「うるせーよ!少しは静かに整備できねえのか、お前は!」
怒声と同時に隣のヘルキャットのコクピットからラゼットが顔を出す。
「何を言う!配備数が200にも満たない希少なゾイド!世の軍事ゾイドマニアならばライトニングサイクス、エレファンダーと並んで一度は目にしたいゾイド・ナンバー1であるジェノザウラーを目前に興奮するなと言う方が無理な話ではないか!?」
くるくるーと回ってびしっと指を指すソウマが、怪しい笑みでラゼットを睨みつける。
「・・・ああ、そうかい」
付き合いきれない、といった感じでしぶしぶとコクピットにもぐりこむラゼット。
その向かいでは、イスナとフローランも愛機の手入れに没頭している。
「災難ねー、イスナ。ウルフの初陣がまさかこんな大仕事だなんて」
コクピットで端末を叩くフローランが声だけをイスナによこす。
「大丈夫!ウィスなら問題ないよ!」
先程のラゼットと同様コクピットから顔を覗かせたイスナが自信ありげな笑顔を浮かべる。
「また何を根拠に」
「私が見つけたゾイドだもん」
「何よそれ」
「ま、いーからいーから。じゃ、ちょっと走ってくるね」
「うん。・・・・・・え!?走ってくるって!?」
フローランが気付いた時は既に遅かった。ゴルヘックスの眼前を、蒼い巨体が一瞬で走り去っていってしまった。
「ちょっと、イスナ!?整備しなくて大丈夫なの!?」
「大丈夫、この子には運動が一番の整備になるんだから!」
訳の分からない理屈を残し、イスナを乗せたウィスタリアウルフは瞬く間に見えなくなってしまった。
「おいおい、姉キに断りなく勝手に出て行っていいのかよ」
ラゼットか額に嫌な汗を浮かべた。
「ま、心配ないでしょ。エリスさんに叱られるのは多分君だし」
ヘルディガンナーの間接に端子を差し込みながらソウマが呟くように言った。
「それが嫌だから心配してるんだよ」
うんざりとした声で返事らしくない返事を返すラゼットに、ソウマがいつものように、ふははと作り笑いを見せ付ける。
「運動が一番の整備、か。・・・まあ、あながち間違いじゃないんだろうけど」
2人のやり取りを聞き流しながら、イスナのウルフを見送ったフローランはそう呟くと、んっ・・・、と背伸びをして、再び端末に向かい合った。

見渡す限り、荒野が広がる。生きるものの気配の無い、殺伐としたサンドブラウンの大地が視界の先に延々と続く。
その荒野を、やたらと目を引く蒼い巨体が駆け抜けていく。イスナのウィスタリアウルフだった。
「やっぱり、基地でじっとしてるよりもこっちのほうが気持ちいいよね、ウィス」
ウルフは、イスナに答えるように、ハッ、ハッ、と息を荒げながらも、ますますスピードを上げていく。
イスナは、速度計に目をやった。時速240キロ。ブースターは使っていないし、ウルフも本気を出してはいない。それでも、既にセイバータイガーの最高速度に並んでいる。
「・・・」
イスナは、ほんのちょっとした好奇心から、ゆっくりとブースターの起動スイッチに指を掛けた。
「行くよ、ウィス」
そして、そう呟くと同時に点火スイッチを押す。背中のブースターカバーが跳ね上がり、噴射口からオレンジの炎が噴出す。その瞬間、イスナの体を強烈なGが襲う。
「うっ!?」
シートに押し付けられる衝撃に声が漏れたが、すぐに慣れた。速度計に目をやる。280キロ、290キロ・・・まだ加速は止まらない。
「すごい・・・すごいよ・・・」
押し潰されそうな感覚の中、心臓だけが激しく鼓動を刻んでいる。操縦幹を握る手が硬い。
一瞬でも操作を誤れば、バランスを崩し大事故になる。だがそれを、肩口に装備されたエアインテークで気流を自動制御し、防止する。
そして、速度計が310を示した所で、ようやく針は動きを止めた。それを確認したイスナは、少しずつスロットルを絞ると、最後に停止させた。
「ふう〜、びっくりした」
強引な加速から開放され、通常走行に戻ったウルフ。それでも速度は200を下回ることはない。信じられない速度と安定性だ。コマンドウルフなどとは比較にならない、高性能高速戦闘ゾイド。
だが、何かおかしい。
むずがゆいような、もどかしいような、妙な違和感が心の隅に張り付いている。
「・・・そろそろ戻ろっか」
イスナが呟いた。ブースターを使ったせいで、予想以上に基地から離れてしまっていた。早めに戻らなければ、またラゼットの小言を浴びせられる。もっとも、イスナはそれを全く物ともしていないのだが。
だが、イスナが操縦幹を引こうとした瞬間、突然ウルフが向きを変えた。それと同時に、ぴりぴりとした緊張感がコクピットに流れ込んでくる。
「ちょ、ウィス、どうしたの!?」
ウルフは、何かに呼び寄せられるように、真っ直ぐ突き進んでいく。
事態が飲み込めず、慌てるイスナ。だが次の瞬間には、彼女はウルフの感情を敏感に読み取っていた。
「何か・・・いるの?」
イスナの呟きを裏付けるように、レーダーが反応を示した。
「ゾイド・・・?」
ウルフに任せて走り続けたイスナは、小高い崖の上へと来ていた。
眼下には広がる樹海。そしてそこに、信じられないものを見た。
「レブ・・・ラプター」
そこに見えたのは、生い茂る木々の下を縫うように進む、レブラプターの群れだった。カウンターサイズで木々を切り裂きながら、猛烈な勢いでイスナの眼下を左から右へと濁流のごとき勢いで進んでいく。
群れは、先頭が見えないほど長く続き、赤黒い一本の帯を形成していた。そして、その行く先を想像したイスナの顔から血の気が引いた。
「・・・っ行かなくちゃ!」
最悪の事態を想像する間を惜しんで機体を反転させるイスナ。だがそこに、行く手を遮るように一体のゾイドが佇んでいた。
背中に2門の重砲を備えた濃紺のゾイド。ウルフのコンピュータが素早くデータを照合する。
「GL−103・・・エレファンダー・・・?」
そのコクピットの中で、操縦幹を握る男が小さな笑みをこぼした。


同じ頃、イスナ達の基地でも、レーダーが反応していた。それに気付いた監視員が、エリスを呼び出した。
「こ、これは・・・!」
レーダースクリーンを見たエリスは、完全に言葉を失った。
それは、イスナのウルフが反応したものと、全く同じだった。

赤い群れが、舌なめずりをするように、大きく吼えた。

                             EPISODE04 END