格納庫の扉が、重々しい音と共に、ゆっくりと上がっていく。差し込む日の光が、シールドライガーを足元から照らしていく。
エリスの鋭い目が、正面を見据えた。
「発進する!全機、私の後に続け!」
格納庫から、咆哮と共に勢い良くシールドライガーが飛び出した。それに続いて、ヘルキャットと2機のレブラプターが。その後ろを少し遅れて、ゴルヘックスとヘルディガンナー、2機のモルガが追う。
「私たちは先に行く。そっちもできるだけ早く頼む」
そう言うと、エリスはライガーを一気に最高速にまで引き上げた。砂を巻き上げ、ライガーが加速する。
「お、おい姉キ!」
それに引き離されまいと、ヘルキャット、レブラプターも揃って速度を上げていった。
その後方では、置いていかれたゴルヘックスとヘルディガンナー、モルガが、あくまでマイペースに、地を這うように前進していた。
「それにしても、何でいきなり移動なんか始めたんだろうかね?その、レブラプターの群れとやらは・・・」
「さあ。・・・今よりいい餌場でも見つけたのかな」
それを聞いたソウマは、何かを閃いたように口元に笑みを浮かべた。
「その餌って、僕たちのことだったりして」
「え!?」
「あ〜でも、ジェノザウラーの餌食になれるんだったら本望かも〜」
ソウマが、どこか満足そうに腕を組んだ。
「・・・」
「・・・冗談だよ」
ソウマはちらっとゴルヘックスの方に目をやった。
フローランはいつの間にか、何も言わず、さりげなくヘルディガンナーから離れていた。

レブラプターの群れは、その先頭が峡谷の岩場に差し掛かりつつある所にまで来ていた。
この岩場を越えたところにある絶壁の間を抜ければ、そのままギルドの基地までは平原になっている。すなわち、絶壁の間を抜け切れば、ギルドには止める術はなくなる。
レブラプターが、軽快な動きで次々と岩から岩へ飛び移っていく。
その様子は、岩陰に身を隠したエリスのシールドライガーのコクピットにも、鮮明に映し出されていた。
「うわ、やっぱ数字だけで見るより実際に見ると多いな」
ヘルキャットのコクピットで、ラゼットが呟いた。
「あんなものじゃない。まだあの後ろには、それこそ腐るほどのレブラプターがいる」
「ああ、よく見えてるよ」
ラゼットのヘルキャットは、ただ一体で岩場を見下ろす崖の上に陣取っていた。
レブラプターの群れは、岩場の狭さと起伏の大きさから、岩場に入ってからというものの、アリの群れのように一列になって移動していた。そして、その一本の線は、所々途切れている所があった。
その、列の切れ目を見つけたラゼットの目の色が変わった。
「んじゃ、・・・行くぜ!」
威勢のいい声とともに、ヘルキャットが勢いよく崖を駆け下りていく。そして、列の切れ目に乱入し、群れを前後で二つに分断した。
それを確認したエリスも、機体を反転させた。ジェノザウラーを探しに行くのだ。こちらから攻めなければ、ジェノザウラーの隙を突くことはできない。
突然の襲撃に、レブラプターは、波が引くようにヘルキャットから円状に離れ、前後に二分した。ちょうど、先行していた17機が、群れから切り離された状態だ。
切り離されたレブラプターは、慌ててヘルキャットに背を向けると、一目散に絶壁の間目指して駆け出した。それを、ヘルキャットも素早く追う。
羊追いのような格好だ。
「第一陣がそっちに行った!逃がすなよ!」
ラゼットの声と共に、群れの行く手を阻むように、岩陰から2体のレブラプターが飛び出した。群れのレブラプターと区別できるよう肩口に黄色いラインがペイントされた、ギルドのレブラプターだ。
「ラゼットのやつ、年下の癖に随分な口の利き方だな」
「まあまあ、それはいつものことで。・・・んじゃ、お仕事しますかねっ!」
レブラプターのパイロットが、コンソールのレバーを引いた。と同時に、レブラプターの背中に装備されたパラボラが起き上がった。
「ここから先は通せんぼ、なんてね」
それは、特殊な電磁波発生器だった。野性ゾイドが嫌がる特定の周波数の電波を発射し、野良ゾイドを誘導する為の装備だ。
電波を浴びたせいか、レブラプターたちは両手で何かを振り払ったり、頭を振るような仕草を見せながら、少しずつ動きが鈍くなっていった。
電波を発しながら、2機のレブラプターが群れを追い込んでいく。その先は、例の沼地だ。
「さてと、今から1人でこいつらのお守りか」
ラゼットは、残りのレブラプターの群れに向き直った。
左右は切り立った崖。レブラプターが自分の上を飛び越えていかない限り、挟み撃ちにあうことはない。
レブラプターが、次々に吼えた。威嚇しているのだ。
ラゼットは、軽くコンソールを叩いた。
「ここで引いたら負けだぜ・・・なぁ?」
それに応えるように、ヘルキャットが勢いよく地を蹴った。

先陣を切って逃げ出した群れの1体が、急にその足を止めた。眼下には、まるで粘土で埋め立てたような柔らかい地面が広がっていた。
やがて、17機全てのレブラプターが、泥沼の手前にまで追い詰められた。
「さあさあ、どうする?」
レブラプターのパイロットが、さらに電波の出力を上げながら、ゆっくりと群れに迫る。
それについに耐え切れなくなった1体が、眼下の泥沼へとダイブした。それにつられるように、他のレブラプターも、次々と飛び込んでいく。
何とか脱出しようともがくレブラプター。だが、底なし沼のような柔らかい土がそれを阻む。
「ようし、まずは一丁あがり、っと」
あとは、これを何度も繰り返して全てのレブラプターを泥沼に落とし、催眠弾で眠らせれば実質的な捕獲作戦は完了となる。
「あー、聞こえてる?フローランちゃん。まずは17機、確保したよー」
その通信を、ようやく渓谷にたどり着きつつあったゴルヘックスのコクピットで、フローランが受け取っていた。
「了解です。残りの群れも散らばる様子はありません。作戦を続行してください」
レーダーに映る点を確認しながら、フローランが言った。これだけ離れていながらも、ゴルヘックスのレーダーは、正確にレブラプターの位置を把握していた。
「りょおかいっ」
そこで通信を終えたフローランは、再びレーダーに目をやった。
「これであと32機。まだまだ大変そうね・・・あれ?」
あることに気付いたフローランは、思わずレーダー画面に顔を近づけた。
「どうした?フローラン」
隣のヘルディガンナーから、ソウマがモニター越しに呼びかける。
「ううん、反応が密集しすぎてよく見えないんだけど・・・なんだか、同じ種類の熱源しか無いみたいなの」
フローランが、心配そうな顔でモニターに目をやった。
「そりゃあ、みんなレブラプターなんだから当たり前・・・」
言いながら、ソウマもようやく『それ』に気付いた。
2人が、声を揃えた。
「「ジェノザウラーがいない・・・」」
ゴルヘックスのレーダーは、ただ不気味に、レブラプター1種類の反応のみを示し続けていた。
「・・・フローラン!」
「はい!」
フローランは、ソウマの呼びかけとほぼ同時に通信回線を開いた。エリスに、ジェノザウラーの姿が見えないことを知らせるためだ。
今回の作戦は、ジェノザウラーが群れの中にいることが前提で組まれている。もしジェノザウラーだけが独立行動をとっていた場合、奇襲されたらひとたまりもない。
この距離からでも、ゴルヘックスの性能をもってすれば、通信能力の高いエリスのシールドライガーとなら交信できるはずだ。

だが、その時、エリスのシールドライガーは戦闘中だった。モルガが予想以上に遅れた為に、代わって群れからはぐれた機体の相手をしていたのだ。尾に装備されている長距離通信用のアンテナも、当然開いていなかった。

「どうしよう・・・繋がらないよ、エリスさん・・・」
「仕方ない。とりあえず僕は持ち場に行くから、もう少し近付いてまた呼びかけてみたらいい。距離が縮まれば、向こうも拾ってくれるさ」
そう言って、催眠弾を積んだソウマのヘルディガンナーは、レブラプターを追い込んだ沼地へと向かった。
それを不安げに見送りながら、フローランはため息をついた。
「もぉー、イスナは何やってんのよおっ!」

フローランの叫びが天に迸っていたころ、そのイスナとウィスタリアウルフは、必死にレブラプターの群れを追っていた。
無数の木々が、目の前で左右に別れ、猛烈な勢いで後方へ流れていく。
時々機体に走る、不規則な衝撃。木と機体が接触しているのだ。大型ゾイドが走るには、少々無理があった。だが、それでも速度を落とすわけにはいかなかった。
「・・・!見えたっ!」
イスナの視界の先に、木々に隠れたレブラプターの赤黒い体が現れた。
「この間は追われたけど、今度はこっちが追う番だよ」
一気に加速すべく、アクセルを踏み込む。
だが、その時。

―――ドン。

ウルフのコクピットのすぐ横で、木が粉々に吹き飛んだ。

一瞬。

イスナの全身の血が止まった。
時がスローモーションのように遅く感じられ、吹き飛んだ無数の破片がキャノピーを叩く。

一瞬、操縦から意識が遠のいた。
ウルフのバランスが崩れた。
我に返ったイスナがとっさに操縦幹を思い切り傾け、転倒しかけた体を元に戻す。
「・・・何!?」
素早く振り返る。大木が、幹の途中から先が無くなっていた。
幹は半円状に吹き飛ばされ、その周辺は黒く焼け焦げていた。
それは、レーザーで撃たれた事を意味していた。
「っエレファンダ・・・っ!?」
先ほどのエレファンダーに追いつかれたのか。
油断なく身構え、辺りを見回す。
ウルフが顔を上げた。
そこに、ジェノザウラーがいた。
イスナの目がそれを理解するよりも速く、ジェノザウラーの背中のパルスレーザーライフルが火を噴いた。


「――――――え?」


気付いた時、目を潰すような閃光がイスナの目に迫り、ウルフは轟音と強い衝撃と共に宙に弾き飛ばされていた。

それは、ウルフがレーザーの直撃を受けたことを意味していた。

宙を舞うウルフのコクピットで、イスナは何が起きたのかも理解できないまま、ただ目を見開いていた。


                             EPISODE05 END