「さて、じゃあ早速で悪いんだけど、あいつらをちゃっちゃと片付けるとしましょうか」
「あ、そういえば」
軽い調子で言うザイラに、茜が思いついたように言った。
「ザイラさんは輝士じゃないんですか?」
「僕?あー、僕はまあ、裏方と言うか、職人肌というか。・・・まあ、輝士じゃないね。輝士のために輝器を用意するのが僕の役目」
「へえ、職人さんかあ・・・」
「ほら、ぐずぐずしてないで、被害が広がらないうちに早く」
風羅はすでに外へ向かって走り出していた。
「はい!・・・えっと、風羅・・・さん」
風羅の隣についた茜が少し戸惑いながら言った。
「風羅でいいわよ。こっちの世界じゃあなたと年齢変わらないんだから」
「え?じゃあ実際は・・・?」
「51歳」
「・・・うわぁ・・・」
「何よ?」
「いえ、別に・・・」

外に出た風羅と茜、ザイラの3人。
「・・・って、ザイラさんは輝士じゃないのに戦うんですか?」
茜が、何故かついてきた中年を振り返った。
「いやまあ、やっぱ心配だよね」
「はぁ・・・」
怪訝な顔をする茜に、風羅が前を見据えて走ったまま茜に言った。
「輝器は文字通り気の器だから、その力は使う者の意志の強さに比例するの。気を集中させて、それが特定の臨界点を突破した時、その者に合った力が具現化される」
茜は、風羅の話に眉を寄せた。
「よく分からないけど・・・集中力には自信あるんですよ!」
「なら大丈夫。同じようにして、飛ぶこともできるわ。・・・じゃ、飛ぶわよ!」
「え!?あ、はいっ!」
―飛べ!
茜がそう心の中で叫ぶと同時に、背中が熱を持ったような感覚を覚える。そして、風羅と同様の白い羽が舞い広がり、次の瞬間、地を蹴り上げると同時に茜の体が勢いよく飛翔する。
「うわ、と、飛んでる・・・」
軽く蹴り上げただけにもかかわらず、彼女の体はすでに10メートル以上の高さにまで舞い上がっていた。
「上出来だよ、茜」
並んで飛ぶ風羅が、右手の親指を立てた。その傍には、ザイラもいる。しかし、その羽は白ではなく、漆黒の色に染められていた。
「僕は君たちとは違う種族なもので」
そう言って、ぽりぽりと頭をかくザイラ。
それから数分と経たないうちに、先頭を行く風羅が虫の群れを見つけた。
「!いたっ!」
コンクリート色の首都を染める、乾いた血のような赤い群れ。
「じゃ、後は頼んだよ、ザイラ!」
勇ましい言葉とともに急降下していく風羅。
「・・・出(いで)し光よ、その輝きを剣(つるぎ)に換え、我の力となれ!」
風羅の両手が光を放ち、その手に剣を握らせる。
「――――ふっ!!」
1メートルほどの2本の剣が、虫に向かって振り下ろされる。表面の硬い皮膚を叩ききる音と、その中身を潰す音が響き、その一撃を受けた2匹の虫が、びくびくと痙攣して動きを止めた。
その風羅の背中を狙って、一匹の虫が飛び掛った。しかし、彼女はそれを視認するよりも速く、右脚を軸にして大きく体を回転させ、低い姿勢から右の剣を振り上げ、虫の体を前後で二分する。異世界の生き物であれ所詮は昆虫。頭、胸、腹の付け根は極めて細く、最大の弱点と言える。そこを突いた一撃だった。
突然の乱入者に、虫たちは進行を止め、自分たちの脅威であると判断した少女に一斉に群がった。

「・・・っ」
眼下で繰り広げられる戦闘に、茜の体が震え始める。これから自分もあの中に飛び込もうというのだ。一瞬でも隙を見せたら最後。次の瞬間には、あのおぞましい化け物によって、一瞬でただの肉塊にされるだろう。
「大丈夫だよ、落ち着いて」
その様子に気付いたザイラが、やっぱりな、といった表情で茜の肩に手を置いた。
「ザイラさん・・・」
「輝士には、それぞれ合った戦い方がある。皆が皆、あんな風に剣を振るう訳じゃない。
風羅には、たまたまあの戦い方が性に合っていただけ。まずは、自分の力を見てみようか」
優しく笑うザイラに、不安の表情が消えた茜が、小さく頷いた。
地上に降り立った茜に、ザイラが落ち着いた口調で話を続ける。
「まずは、集中。できるよね?」
「は、はい」
そうは言っても、茜の視線は虫の群れの真ん中で奮闘する風羅に釘付けになっていた。
「彼女なら心配ないよ。この世界に気を送ることができるのは、相当な気力を持つ一部の者だけ。この世界に居る時点で、並みの輝士とはわけが違うんだ。君は、今君が出来る事に集中すればいい」
その言葉を聞いた茜は、少し迷った後、意を決したように、すっ、と目を閉じた。
―集中、集中、集中・・・
大きく息を吐き、不安と恐怖と心配で高鳴る鼓動を、無理矢理に押さえつける。
そして、輝器が光を発し始めた。
「・・・我に与えられし力よ、今、光の飛礫(つぶて)となれ・・・」
知らず知らず、彼女は呟き、両手をゆっくりと広げた。その様子を見ながら、ザイラは、ほう・・・と感心した様子で、茜を見守っていた。

脳天を突き刺し、首を切り落とし、腹をえぐり、奮闘する風羅。その姿は、まさに戦いの女神と呼ぶにふさわしいものだった。しかし、一人で相手をするには数が多すぎた。倒したからと言って、ゲームのようにその虫は姿を消すわけではない。転がる死骸と溢れ出た体液が、風羅の足場を徐々に奪っていく。

茜の広げられた両腕の先にサッカーボール大の光の弾が現れた。茜はその両手を頭の上に掲げ、二つの光球をひとつに融合させる。
それを見たザイラは一瞬驚愕の表情を浮かべ、次の瞬間には小さく笑みをこぼした。
「へぇ・・・やっぱり体は覚えてるもんなんだねぇ・・・」

「くっ、次から次へと――――っ!?」
健闘する風羅。しかしついに、死んだ虫の脚につまづき、大きく後ろへ転倒してしまった。
「っしまったっ!!」
勝利の余裕、などという人間的感情を持たぬ虫は、間髪をいれず風羅に飛び掛った。
「くっ!」
剣を振り上げる時間もなかった。だが、彼女の真正面から飛び掛った虫は、その蜘蛛のような口を大きく開け、その牙が彼女の腹を容赦なく食い破る寸前、後方からの無数の光の矢によって、全身をズタズタに引き裂かれ、風羅の目の前で無数の肉塊と化した。
「ザイラ・・・!?」
虫の体液を浴びながらも、何とか窮地を救われた風羅と、突然の閃光に驚いた虫が振り返った。その視線の先には、右腕をこちらに翳(かざ)したザイラの姿があった。その手のひらは、輝器の光でわずかに輝いていた。
「おーおー、危なっかしいねぇ。やっぱ一人じゃキツイか?」
「ば、バカ!お前が手を出したら・・・!」
風羅が叫び終わる前に、風羅が言おうとしたことが起きた。新たな獲物を確認した虫が、ザイラと、その隣にいる茜に迫っていったのだ。だが、茜の様子が違う。それを確認した風羅は、そういうことか、と言わんばかりに体勢を立て直した。
「風羅、飛べ!」
「言われなくてもっ!」
ザイラの声と同時に翼を広げた風羅が、勢いよく地を蹴り、虫の群れから離脱する。それと同時に、茜が目を見開いた。
「飛礫よ、その光を以って、此処に在らざるべきものを滅せよ!」
開放された気が同心円状に茜を包む渦と化し、叫びと同時に、右手に移った光の弾を、襲い来る虫の群れに渾身の力で撃ち出した。
いつの間にか直径2メートル近くにまで巨大化していた光の弾に飲み込まれた虫は跡形もなく消え去り、弾の周辺に発する気の奔流に触れた虫はその部分を失い、断末魔の叫びとともに次々と絶命していった。

光の奔流が消え去った後、そこに残っていたのは、鋭く抉り取られたアスファルトの地面とガラスが全て飛び散った建物。そして完全に沈黙した、あるいはビクビクと痙攣する赤茶色の、さっきまで生物の形をしていた巨大な物体だけだった。

「茜、無事!?」
地上に降り立った風羅が、茜たちに駆け寄った。茜はその場に崩れ、その身をザイラに預けていた。
「茜・・・?」
風羅を見上げたザイラが、小さく首を横に振った。
茜は、何か恐ろしいものを見るように目を見開き、前方の破壊された街と、無数の虫の死骸を見つめていた。

「これを・・・私が・・・?」

茜の声は、自らの力と、それによって生み出された街の惨状に震えていた。
「風羅・・・ザイラさん・・・」
茜は、今にも泣き出しそうな声で二人の顔を見渡した。
「大丈夫だよ、茜」
ザイラの声に、茜がびくっ、と肩を震わせる。
「君は、何も咎められる様な事はしていない。君は、すべきことをやった。それだけだよ」
茜の目から、ぽろぽろと涙が零れ出した。
「君は、恐れることなくヴァンドに立ち向かい、そして輝士の力を覚醒させた。レイリアの記憶無しでね。・・・これからも、できれば協力願いたいんだけどね」

ザイラの胸に顔を埋めて泣き崩れる茜は、ひとしきり涙を流した後、小さく頷いた。

                             アムネジアの輝闘姫 終