橋頭堡の建設は、急ピッチで進んでいた。ディマンティスが資材を運び、バスタークローをクレーンアームに換装したバーサークフューラーが器用に鉄筋を組み上げていく。
その背後の海からは、途方も無い大きさの輸送艦ドラグーンネストから次々とゾイドが上陸してくる。ここからしばらくは工兵隊の仕事だ。俺たち戦闘要員、特に親衛隊クラスとなれば、かなり暇を持て余す事になる・・・はずだった。
耳障りな作業音に混じって、背後からゾイドの足音が近付いてきた。二足歩行。さほど大きくない機体・・・。
答え合わせのために振り返った俺の目の前に、俺の予想したとおりの機体がいた。ディロフォースだ。本来なら黄色い塗装が施されている箇所は赤く塗られ、完全装甲式になったコクピットの上部には2連砲。間違いない。あいつだ。
俺が見上げる前で少し屈んだディロフォースのコクピットハッチが開いた。そこから、一人の男が降り立った。肩が隠れるほどにまで伸ばした茶髪がやたら目立つ。いくら頭髪の規制が無いからと言って、これはやりすぎだと思うのだが。
「よっ、久しぶり?」
長髪が軽々しく右手を上げて片目を瞑ったりしやがる。
「聞くなっての。敬礼せんか敬礼。仮にも俺の方が階級は上なんだからな」
「あれ?階級で呼ぶなって言ったのはそっちですよ。中尉殿」
分かっている傍からこれだ。まあ、いまさら何を思うでもないが、こんなやつだ。
「呼ぶなとは言ったが、それだけだ。ちゃんと上官に対する礼儀ってものがあるだろーが」
説教的な口調だが、おそらく俺の顔は今、隠せない喜びで緩んでいるだろう。ハイド・ユアシス少尉。先の戦闘で、俺とは別のドラグーンネストから出撃し、ディロフォース隊を率いて奮戦した、俺の幼馴染。またの名を、悪友。親衛隊に配属されてからはいつも一緒だった男だ。ちなみに、俺の方がひとつ年上。
「冗談ですって。・・・無事で良かったです」
「当たり前だ。お前より先にくたばってしまっては羞恥で死んでも死にきれんからな」
そう言って、硬い握手を交わす。
・・・ん?妙に強く握って・・・
ハイドの手は、やたらと俺の手をぎりぎりと握ってくる。その顔には、若干の力のこもった笑みが見て取れる。
・・・そういうことか。ならば受けて立とう。
悪友の挑戦を悟った俺は、右手に思い切り力をこめた。
「んぎゃああっ!ギブ!ギブですって!」
ハイドが悲鳴を上げた。ぱっと手を離すと、ハイドは自分の右手をいたわりながらしゃがみこんでしまった。
「ううっ、敵の新型4機を落とした俺の右手が・・・」
「ふっ・・・まだまだだな」
暗黒大陸からの出撃以来、久しぶりに互いの無事を確認しあった俺たちは、しばらくの間皮肉とけなし合いだらけの談笑に耽った。
どれほどの時間が経っただろうか。何気なく海の方に目をやると、一体のドラグーンネストから、妙な物が運び出されているところだった。
俺は、ほんの好奇心から、ハイドと共にその「妙な物」の傍へと歩み寄った。そして、グスタフに運ばれて姿を現したそれを見た俺は、思わず呟いた。
「新型・・・?」
呆然と見上げる俺の目の前に、見たこともない恐竜型のゾイドが立っていた。サイズはバーサークフューラーほど。帝国軍のゾイドとは思えないようなライトグリーンの装甲で身を包み、ここから見上げる限りでは先端部しか見えない背びれが特徴的だ。
「そうだ。だが、これからは相棒と呼んでやってくれよ」
突然の声に振り返ると、そこにはトニス中佐の姿があった。俺とハイドは慌てて右手を顔の横に添えるが、制止された。それはいつものことだ。作戦行動時以外は、軍の上下関係や規則を毛嫌いするこの人には、敬礼すらも邪魔らしい。いや、そんなことより、いま中佐が言った言葉は・・・
「中佐・・・相棒、って」
「ああ、今回の部隊再編に伴って、君にはこの新型が与えられることになった。ZL−103ダークスパイナーだ」
中佐は俺の動揺など全く気にならない様子で淡々と言った。確かに上陸作戦終了後の部隊再編の話は聞いてたが、親衛隊である俺の乗機が変わるなんて話は聞いていない。
「君ならコイツを乗りこなすことが出来るだろうという上の判断だ。悪い機体じゃない」
「ですが・・・!」
「まあ聞け。お前の言いたいことは分かる。ゾイドと、その操縦桿を握るパイロットに一番必要なものは信頼関係だ。意に反した乗換えをしても互いに信頼関係を築くことは出来ん。そんなゾイドに乗っても犬死するだけだ」
「・・・」
さすが、だった。言いたいことを、全部言われてしまった。
「だがな・・・」
中佐は、仕切りなおすように一呼吸置くと、真剣な表情を更に険しくさせて、続けた。
「ゾイドは、一度通じたパイロットは、絶対に忘れないんだ。それはモルガだろうが、ライガーだろうが同じことだ」
・・・俺は、この時中佐が何を言いたかったのか分からなかった。分からないまま、中佐は続けた。
「いいか、ゾイドとパイロットの間に、『最高の相棒』なんてものは無い。あるのは、どれだけ『最高と呼べる存在に近づけるか』だ」
目の覚める思い、というのは少々大袈裟かもしれないが、その瞬間、俺の中に、新しい感情が芽生えたのは確かだった。
「最高に・・・より近い存在・・・」
俺は、知らず知らず、ダークスパイナーと呼ばれた新型を見上げていた。それに気付いてか、向こうもこちらを見返してきた。
・・・ような気がした。
「少し・・・時間をください」
俺の言葉を聞いた中佐は、やっぱりな、とでも言いたげに小さく笑った。
「分かった。だが、これからは親衛隊といえど戦闘は多くなる。当然、マッカーチス程度じゃどうにもならないような苦戦も強いられるだろう。答を出す前に、一度くらいは一緒に戦ってやれよ」
そういい残し、中佐は別のドラグーンネストへと歩いていった。
「・・・ダーク・・・スパイナー・・・」
俺は、もう一度、その巨体を見上げた。
「って言う割にはあんましダークじゃないですよねぇ」
「・・・お前なぁ」
ふと横を見ると、腕を組んだハイドが不思議そうにスパイナーを見上げていた。
思考を一瞬で削り取られた俺は、ハイドの隣で多分相当恨めしい顔をしていただろう。
・・・この時、もう一つの重大な通告があることを、俺は想像する由もなかった。

同じ頃、ドラグーンネストの管制室では、積荷の運び出しのために、通信兵たちが忙しなくマイクに向かって指示を与えていた。
「ふう・・・っ」
そんな中、通信を終えた一人の女性士官が大きく両腕を上げて背伸びをした。さらさらと長く伸びた髪が、どこか落ち着いた印象を与えている。
「おつかれー、リーねぇ。交代ですよ」
そんな彼女に、どこか軽い足取りで歩み寄ってきた一人の少女が隣から声をかけた。彼女と同じ通信兵の軍服を着てはいるが、その表情はまだあどけなさが残るほどの幼さだった。
「ああ、もうそんな時間か」
『リーねぇ』と呼ばれた女性士官は目の前のパネルで時間を確認すると、ゆっくりと立ち上がり、マイクを頭から外した。
「呼び出しなんて珍しいですよね。何なんでしょ」
マイクを受け取った少女は、彼女に代わってシートに腰掛けながら聞いた。
「さあな」
かわいい妹に話しかけるようだ優しい口調で言いながら、彼女は出口へと向かった。それを見送ろうとした少女は、あっ、と何かを思い出したように両手を叩いた。
「この度は、昇格おめでとうございます!リーニア・アルフェルド中尉〜!」
「こらこら、あまり大きな声で言うな。恥ずかしい」
リーニアと呼ばれた女性士官はかすかに頬を赤らめながら、扉の向こうへと消えた。

呼び出された場所は、格納庫だった。指定の場所に到着した彼女の目の前に、一体のゾイドが立っていた。
「バーサーク・・・フューラー?だが、この色は・・・」
彼女は、その機体色が放つ存在感に圧倒されていた。彼女が見上げる巨体は、全身が紅く彩られていたからだ。
「わざわざご苦労だった。アルフェルド中尉」
突然の声に振り返った彼女は、そこに上官の姿を確認すると、慌てて敬礼した。上官も、それに合わせて右手を額の横に添える。
「急な話だが、君は以前、戦闘ゾイドに乗った経験があるそうだね?」
「え?・・・あ、はい。ニクスでの作戦行動時には・・・ディロフォースに搭乗していました」
言いながら、何故か彼女はうつむいてしまった。
「そしてその際、愛機を撃破された」
「っ!」
胸の奥が、ズキと音を立てて痛んだ。過去に封印したはずの記憶。忘れようとしたはずの記憶。それが、一瞬で蘇り、その全てが重圧となって彼女の体に重くのしかかる。
「っと、すまない。少し言葉を選ぶべきだった。許してくれ」
「いえ・・・」
彼女の声は、わずかに震えていた。
「ニクスでの事情は私も耳に触れた程度だったのでな。それで、あまりにも突然な話だが・・・」
そういって上官は、目の前に立つ紅いバーサークフューラーを見上げた。
「この機体に乗る気はないかね」
「え・・・?」
彼女は驚いて顔を上げ、上官につられて紅い巨体を見上げた。
「今回の部隊再編については知っているだろう。戦闘員も人員がなにかと不足しがちでね。君のような戦闘経験のある者には、できるだけ戦力になって欲しいのだよ」
「え・・・ですが、私のような、その・・・」
「できればもう一度ディロフォースを、と思ったのだが、それは逆に酷だろうと君のかつての隊長に反対されてな」
「隊長・・・レオネード少佐が?」
「彼はいいやつだよ。この話を嗅ぎ付けるや否や、真っ先に君の心配をしていたよ。『彼女には彼女のやり方がある。決して無理強いはさせないでくれ』ってな」
「・・・」
「だから、君の判断に任せる」
リーニアの心境を知る上官が、少しすまなさそうに帽子を直しながら言った。
「だが、我々は軍隊だ。個人の感情をそう尊重できる場ではない。今日中には、決めておいてくれ」

そして彼女は今、キャットウォークを伝い、フューラーの傍らからコクピットを見つめていた。
蘇る記憶。閃光。衝撃。爆炎。・・・残骸。
浮き上がってきたものを押し沈めるように、彼女は震える左手で右肩を押さえつけた。
「あ、もしかして今度こいつに乗られる方ですか?」
彼女の脳がリアルな映像を紡ぎ出そうとしていたその瞬間、一人の整備兵が声をかけてきた。
「え?あ、いや、その・・・」
リーニアは、成り行き上、かすかに首を縦に振った。
「あ、そうなんですか。良かったー、ずっと新しい乗り手が見つからなくって寂しがってたんですよ、こいつ」
そう言うと整備兵はひょいとコクピットに乗り移り、なにやら調整を始めた。
「新しい・・・乗り手?」
改めて機体をよく見ると、各部が通常機とは異なっていた。特に、バックパック。両サイドには小型のミサイルポッドが据え付けられ、後部には後方警戒用の為かガトリング砲も備えられていた。
「実はこいつ、ニクスでパイロットが戦死してしまって・・・こいつも、なんとか修復させたところなんですよ。武装は未改修ですけど」
「え・・・?」
リーニアは、目が覚めたような顔で整備兵をみつめた。新しい機体だとばかり思っていたが、実際はそうではなかった。
「最初は大変でしたよ。夜な夜な悲しげな声で鳴いて、そのパイロットを呼ぶんですよ。それこそ、こっちが聞くに堪えられないほどの悲しげな声で。やっぱ分かるんですかね。ゾイドにも」
整備兵は、悲しげな笑顔でフューラーのコンソールを撫でながら言った。
「・・・」
同じだ。自分と。彼女は、直感していた。相棒を亡くし、悲しんでいた自分と。
「・・・乗せてもらってもいいか?」
突然の言葉に、整備兵は振り返った。
「今ですか?ちょっと待ってください。今、最終調整終わらせますんで」
そう言って、整備兵は笑った。

そして彼女は、フューラーの操縦桿を握った。力強い起動音と共に、フューラーが大きく咆哮する。
フューラーも、自分の操縦桿を握る者が、自分と同じだと言うことに気付いているのだろうか。全く拒否反応を示す様子は無い。
「どうやら、相性は悪くないみたいですね」
「ああ、そのようだ」
通信機越しの整備兵の言葉に、リーニアもどこか晴れた声で返した。

そして、もう一人、新たな相棒を得ようとする男がいた。
「最高に・・・より近い存在・・・」
若き士官、デューク・レーベン・クロードは、その顔に迷いの色を浮かばせながら、彼の上官の言った言葉を繰り返し呟いていた。

                             第一話 終