EPISODE01 遭遇




ZAC2105年、西方大陸エウロペ。
ガイロス帝国とヘリック共和国の戦争が終結して5年の歳月が流れたこの土地に、新たな戦いが生まれていた。

人と、ゾイドの戦いである。

人、というのはエウロペに住む人々のこと。ゾイドとは、戦時中に放棄され、再び野生化した、俗に言う「野良ゾイド」と呼ばれる類のものだ。
凶暴な性質であることが多い野良ゾイドは、かつての戦場から飛び出し、コロニーと呼ばれる人々の居住地帯近辺にまで出没するようになった。

本来、野生化したゾイドの回収義務は軍にあるのだが、帝国は主要都市の消滅、共和国はネオゼネバスと呼ばれる新たな敵と交戦状態にあり、とても辺境のゾイド回収にまで手が回らないのが実情だった。
そこで同盟を結んだ両軍はエウロペのこの事態に際し、エウロペ駐留軍のゾイドを貸し与える代わりに野良ゾイドの回収および駆逐の仕事を現地の住民(主にかつて傭兵として軍にいた者)に委託する方針を打ち出した。エウロペの各代表もこれを承諾し、野良ゾイドに対する自衛組織「ガーディアン・ギルド」を結成。野良ゾイドを回収し、軍に返還することで報酬を得る新たな稼ぎ口として広く浸透していった。


ZAC2102年のガーディアン・ギルド結成から3年余り・・・


「っこんのおぉお〜!しつこいなあっ!」
少女が大きな独り言を叫んだ。
先ほどからどれほどの時間を全力疾走に充てているのだろう。真昼だというのにいまいち日当たりの悪い森の中を。湿っていたり大量の岩が転がっていたり、やたらと足場が悪い。何度も転びそうになったり木の枝に引っかかったりして、露出した素肌にはいくつもの擦り傷ができていた。
「あーもー、ゾイドに乗るからって軽装で来るんじゃなかったあ〜!」
Tシャツにサバイバルジャケット、ハーフパンツにベルトを通しただけという自分の今の格好を後悔しつつ、必死に駆けながら少女は自慢の赤毛のポニーテールを翻して、ずっとつきまとってくる後方の大きな影を振り返った。
「・・・来た!」
その瞬間、周りの木といわず葉といわず自分の行方を遮る物全てを蹴散らしながら、一体のゾイドが甲高い咆哮と共に現れた。ダークレッドと黒のツートンカラーのボディに、背中からは一対の大きく湾曲した鎌が生えている。レブラプターだ。
「ちいっ」
少女はとっさに倒れた大木の陰に身を隠した。
腰に下げた無線機を毟るように取り上げると、通話スイッチを入れた。周波数は、すでに設定済みだ。
「フローラン!聞こえる!?今どこにいるの?」
返事はない。
「〜〜っ!!ゴルヘックスに乗ってるくせに何で気付かないわけ!?」
無線機を握り潰さんばかりの勢いで力をこめた右手を怒りに震わせる少女のすぐ横に、突然巨大な爪が降ってきた。砂煙が上がり、彼女の髪も舞い広がった。
レブラプターの足だった。
「・・・っ!」
思わず息を止めて硬直する少女。機械のようにギ、ギ、ギと顔を左後ろに向けると、大きな黒い金属の棒が爪の付け根から上に向かって伸びていた。それをたどって顔を上げると、こちらを見下ろすレブラプターと目が合った。その顔は、なぜか笑っているように見えた。
少女の顔から血の気が引いた。
「あ、あはは・・・」
寒い笑いがこぼれたところで、再び少女は全速力で走り出した。
あ!といわんばかりにレブラプターも追って走り出す。
少女とレブラプターの「想定外の」追いかけっこは再開された。

なぜこのような状況になったのか。話は小一時間ほど遡る。

「いたいた。あれが例のガイサックね・・・」
単眼鏡の丸い視界の中心に、一体の古ぼけたガイサックがコロニー同士をを繋ぐ幹線道路のすぐ傍をゆっくりと歩く様子が映っていた。その歩みはどこかぎこちなく、まるで油が切れているかのようだった。
ろくな手入れを受けていない、野良ゾイドの特徴だった。
「火器は装備してないみたいね。ま、装備してたところで野良にはそんな『撃つ』なんて戦術的なことは出来ないだろうけど」
紅いポニーテールの少女が愛機、ガンスナイパーの開いたコクピットで呟いた。
野良ゾイドは、いわばリミッターがかかっていた野性の本能が開放された状態だ。
当然、生物として備わっている本能以外の行動はとれない。だから、撃ってくることもない。
「周辺に熱源反応無し。情報通り、あの一機だけみたいね。イスナ」
コクピットの通信機から少女の声が聞こえた。ガンスナイパーの隣に陣取ったゴルヘックスの前に立つ少女からだった。黒い髪をショートにそろえ、小さな丸眼鏡が理知的な雰囲気を漂わせていた。
「安心してる?それとも残念?報酬の額が増えなくて」
イスナと呼ばれた少女がコクピットのコンソールにもたれかかって眼鏡の少女を見下ろした。それを聞いた少女がむっとした表情を浮かべた。
「心配してるの。この間みたいに油断して脚持っていかれたらたまんないでしょ?まぁあの時は私にも責任はあるけど」
腕を組んで呆れたように言うと、少女は下がった眼鏡をなおした。
「うぐ・・・」
少女から飛んできた訂正に、イスナは悔しげに言葉を詰まらせた。
「あ、あの時はちょっと調子が悪」
「行く時は『今日はコンディション最高!』って言って親指立ててたの誰だっけ?」
イスナの言葉を文字通り遮って勝ち誇ったような口調でイスナに畳み掛ける。
「あう・・・フローランのいぢわる」
フローランと呼ばれた眼鏡の少女はぺったんこに撃沈したイスナを見上げると、小さく笑った。

今フローランが口にした「脚持っていかれた」というのは、前回の仕事のことである。
ガーディアンギルドの一員として野良ゾイド捕獲の依頼を受けたイスナとフローランは、とある川辺のコロニーに来ていた。住民の話によると、近くの川に棲みついたバリゲーターが漁船を襲い、被害を受けているというものだった。
二人は問題のバリゲーターが行動を開始する夜を待って川辺に陣取った。しかし、フローランのゴルヘックスが索敵を始めるよりも早く水面から姿を現したバリゲーターが、真っ直ぐイスナのガンスナイパーに向かってきたのだ。臨戦態勢すら整える時間もないまま、次の瞬間には、バリゲーターの巨大な牙がガンスナイパーの右脚を捕らえていた。ゴルヘックスの零距離射撃によって結果的に捕獲に成功したものの、スナイパーの右脚という大きな代償を払うことになった。

その復帰後第一戦として、彼女らは今回の、幹線道路の近くに棲み付いた野良ガイサックの捕獲という任務を買って出たのだ。
一台のトラックが、ガイサックのすぐ横を通り過ぎていった。どうやらガイサックは通行車両を襲うということはないらしい。しかし、このままではいつ事故が起こるかわからない。
「さてと、ちゃっちゃと終わらせますか」
先ほどのダメージが回復したのか、イスナはガンスナイパーのコクピットで立ち上がり、両手に拳を作っていた。
「そうね」
はるか上にいるイスナに聞こえるように返事をすると、フローランはアームを介してゴルヘックスの頭の下に降りているシートに座り込んでシートベルトを締めた。それを確認したシートが自動的に浮き上がり、ゴルヘックスの顔の部分にすっぽりと収まった。
「いくよー」
イスナの声と共に雄叫びを上げたガンスナイパーがガイサックめがけて走り出した。どこか気の抜けるイスナの掛け声に苦笑いを浮かべながらフローランもゴルヘックスを前進させる。
本来なら、フローランのゴルヘックスが敵の配置を分析し、イスナのガンスナイパーの狙撃で目標の脚を撃ち抜いて行動不能にするのがセオリーだが、今回の目標は特別装甲の貧弱なガイサックである。脚だけでなく下手をすればコアまで傷つけかねない。まして殺してしまうようなことがあれば、軍に引き取ってもらえなくなり、報酬が手に入らなくなる。いや、それ以前に、ゾイドを殺すということはガーディアンギルドとしてあってはならないことだ。
そんなわけで「脚一本撃ったってまだ七本も残ってるわけなんだからほとんど変わんないじゃん」というイスナの提案に従って、火器を外したガンスナイパーによる近接戦闘で目標の貧弱な脚を使い物にならなくさせるという戦法が採用されたのだった。
「大人しくしててよねええーーっ!」
イスナの非武装ガンスナイパーが大きく飛び上がった。センサーも相当キていたのか、ガイサックはそこで初めてガンスナイパーの存在に気付いたようだ。明らかに、反応が遅い。避けることも、迎撃することもなく、ガンスナイパーののしかかりをもろに受けてしまった。その一撃で、ガンスナイパーに踏みつけられた右側の足三本が見事にへし折られていた。悲鳴を上げて仰け反り、そのまま機能を停止したガイサックが突っ伏した。
「よっと」
それを確認してコクピットから降り立ったイスナはガイサックのコクピットに取り付き、キャノピーの下にあるコントロールパネルに手を伸ばすと右手だけで器用にカバーを開け、スイッチのひとつを押した。プシュッという音と共にコクピットが開く。シートに滑り込んでジャケットの胸ポケットから細長いメモリースティックを取り出すと、ケーブルでコンソールに繋ぐ。
このメモリースティックはギルドの全員に渡されるもので、ゾイドコアにリミッターを仕掛け、安全に操縦できるようにするためのプログラムが入っている。このプログラムをロードさせることによってコアを半休眠状態にさせたところを輸送機で持ち帰り、仕分け(火器やパーツ、帝国軍・共和国軍など)された後、それぞれの軍の元に返されるのだ。そして、報酬を受け取る。
通常は代金だが、成果を重ねれば借りている自分の乗機をそのまま軍から譲り受けることもできるという。中にはそれが目的でギルドの門を叩く者も大勢いる。

「イスナ、お疲れ様」
ガイサックのコクピットでロード終了を待っていたイスナに、のそのそと近づいてきたゴルヘックスの拡声器からフローランの声が届いた。キャノピーの中で手を振ってくるフローランにイスナもVサインで応える。
「さてと、グスタフを呼んで回収に来てもらわないと・・・え?」
何気なくレーダーに目をやったフローランが突然大声で叫んだ。
「イスナ!早くスナイパーに戻って!すぐ近くにゾイドがいる!」
「ほえ?」
ロードが完了したメモリーをポケットにしまいながらイスナが間抜けな返事をする。
「『ほえ?』じゃなくて、早く!この距離だと、多分その建物の後ろ辺りにいるわ!」
ガイサックのコクピットから降り立ったイスナがあたふたとガンスナイパーに駆け寄りながら、停止したガイサックの数十メートル後方に聳える、おそらくは見張り台か何かであろう建造物を振り返った。
そこから、一体の小型ゾイドが、ぬっ、と顔をのぞかせた。レブラプターだった。
「ちょ、ちょっとおっ、うそでしょ!?」
イスナが思わず悲鳴をあげるのも無理はない。突然目の前に現れたゾイドは、接近戦に特化した機体。いくら中型のゴルヘックスや同型野生体から造られたガンスナイパーでも戦うには危険すぎる。
「下がって!」
叫びながら、フローランのゴルヘックスが庇うようにガンスナイパーの前へ出た。
イスナは、まだコクピットに辿り着いていない。この場合、最も狙われる危険があるのは動けないガンスナイパーだ。
レブラプターが、大きく口を開けた。そして、大きく背中をそらすと、ぶるぶるっと全身を震わせた。その一連の動作を見て、フローランの頭にひとつの単語が浮かんだ。
「・・・寝起き?」
フローランは呆気にとられたように呟いた。確かに休眠中はコアの発する熱量も少なく、ゴルヘックスの熱源探知機に反応しなかったのも説明がつく。
だが、だからといって油断は出来ない。相手は、精神を凶暴化させる悪魔のシステム「オーガノイドシステム」を積んでいるのだ。こちらを敵として確認すれば、一直線に襲い掛かってくるだろう。
案の定、こちらを敵性のあるものとして見なしたのだろう。体勢を低く構え、にらみつけるようにしてこちらを見据えている。
「・・・仕方ない・・・か」
フローランが意を決したように、相手を気絶させるショックガンのトリガーに指を乗せた。距離を詰められないうちに仕留めなければ危険だ。
「ごめんね!」
トリガーを引く。放電したように発射口が光ったのと同時に、一筋の閃光がレブラプターに吸い込まれていった。だが・・・
レブラプターが動いた。だが、フローランの目にはそこまでしか映らなかった。
「・・・消えた・・・?」
「フローラン、下がって!」
「え?」
イスナの怒声が耳に届くと同時に、フローランの頭上で二つの影が交差した。
一瞬で飛び上がってゴルヘックスに襲い掛かろうとしたレブラプターを、ガンスナイパーが弾き飛ばしたのだ。
勢い良く地面に叩きつけられたレブラプターの前に、イスナのガンスナイパーがゴルヘックスを庇うように立ち塞がった。
「イスナ!」
「逃げてフローラン!ゴルヘックスじゃ、こいつには敵わないよ!」
「でも・・・!」
イスナにも分かっていた。それはガンスナイパーにも言える事だと。
火器があれば五分といったところだが、今の、丸腰の状態ではまず勝ち目がない。
「とにかくここは逃げて!本部に連絡して応援をよこすよう言って!」
「わ、わかったわ・・・」
フローランは弱々しく返事をすると、機体を翻し、全力で駆けた。
「すぐに応援呼ぶから!頑張って持ち堪えてよね!」
「何言ってんの。早くしないと、一人で片付けちゃうからね!」
二人は同時に笑顔を向けた。
「・・・さてと、起きてすぐ悪いんだけど、もう一回眠ってもらうからね」
ゆっくりと起き上がるレブラプターをにらみつけながらイスナが呟いた。
レブラプターが、その凶悪な視線をこちらに向けた。
間合いを取ろうと脚に力を込めるガンスナイパー。しかし、それよりも早く、先にレブラプターが動いた。どん、と勢いよく地面を蹴ると、カウンターサイズを振りかざしてガンスナイパーの懐に飛び込んだのだ。
「っ!?」

事態は、一瞬でイスナの脳にまで届いた。

レブラプターは、自身の体をガンスナイパーに押し付けたまま動きを止めた。

とっさに相手の肩を掴んだガンスナイパーの腕から、踏ん張っていた足から、ゆっくりと力が抜けていった。

コクピット内に異常を示すブザーが鳴り響き、それは最後に、ピーという無情な通告音に変わった。その音が意味することはただ一つだけ。


『ゾイドコア、活動停止』


それが、彼女の初めての相棒、ガンスナイパーの最期だった。



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