EPISODE02 土産



「なんだと!?それは本当なのか!?」
ガーディアンギルド小級前線基地の統轄室に若い女の怒声が響いた。指令長の声だった。
統轄室といっても、軍の施設のような禍々しい雰囲気のそれではない。まるでどこかの役所を思わせるように並べられた机の上には書類や端末、ディスクが大量に並べられていたり詰まれていたり、まさに「仕事場」といった言葉がぴったりの、あまり大きいとは言えない程度の部屋だった。壁一面に埋め込まれた大画面のモニターには、基地周辺の地形図が映し出されていた。
「は、はい、本当です。先ほど同行のフローランより緊急連絡がありました」
報告に来た気弱そうな眼鏡をかけた男が指令長の姿に圧倒されながら言った。机越しのやり取りは、まるで学校の職員室での教師と生徒のそれを連想させた。

フローランがイスナに言われたとおり送った応援要請は、すぐさま、彼女たちの活動拠点であるこの小さな基地にまで届いていた。
そしてそれは、今まさに指令長の耳に届いたのだ。

「で、二人は無事なのか?」
受け取った文書から目を離すと、指令長は報告員の顔をにらみつけて言った。典型的な美女という言葉が似合う切れ長の目は、正義感のような、責任感のような、鉄の意志のようなものが奥に光っていた。
「それが、イスナはそのレブラプターと交戦状態に入った後、行方が分からなくなったと・・・」
「そうか・・・で、彼女は今どうしてる?」
肩のところにまで伸ばした青い髪から耳を出すようにその髪を右手で軽く払った。
彼女、というのはフローランのことだ。
「大分と動揺してましたが、今は落ち着いて、イスナの捜索を続けています」
「まあ、イスナの生命力と悪運の強さは彼女が一番分かってる・・・か」
指令長は苦笑いを浮かべた。
「そ、それでエリスさん、どうしましょう・・・」
「ん・・・」
エリスと呼ばれた指令長は一瞬考えた後、何かをひらめいたように言った。
「たしかラゼットは、今日はゲイル峡谷だったな。あいつを向かわせよう。あいつなら、イスナがどこへ向かったかも大方予想できるだろう」
「え?お、弟さんをですか?」
「別に構うことはなかろう。もうこれ以上ないくらい稼ぎまくってるやつだ。きっと今日もどうせ仕事を片付けてしまっているだろう」
「わかりましたっ」
報告員は、足早に司令室から飛び出していった。
少しずつ小さくなっていく足音を聞きながらエリスは腕を組むと、ふむ、と小さく呟いた。
「ふたりが向かったのはカーナ幹線道路・・・なら、逃げ込むとしたら・・・」
「この森ぐらいか・・・」
背中に2本のブレードとブースターを背負った改造ヘルキャットが深い森の中をゆっくりとした足取りで進んでいた。
そのコクピットの中で、一人の少年が指令長と同じ台詞で、同じ考えに至っていた。
「・・・それにしても姉キのやつ、俺ばっかり駆り出しやがって」
青い髪を右手で掻きながら、少年は懐から一枚の紙を取り出すと、ため息をついた。その紙は、先ほど片付けてきた仕事の完了証明および報酬明細だった。それなりの額に達している。
「はぁ・・・今日はこれからジャンク屋街でパーツ仕入れに行く予定だったのに・・・」
少年は心の中で滝のような涙を流した。
その時、モニターに一人の少女の顔が映し出された。フローランだった。ヘルキャットの少し後ろを慣れない森林地帯の移動に手惑いながら、彼女の愛機、ゴルヘックスが必死についてくる。
「ねぇラゼット、本当にこっちでいいの?こんな森の中・・・」
ラゼットと呼ばれた少年が面倒くさそうに右手で頭を掻きながら答えた。
「あのな、あんな開けた場所にいたって隠れるところもない。なら隠れる場所を探す。ならこの森が一番近くて確実なの。わかる?」
ラゼットの微妙に言葉足らずな説明を聞きながら、フローランは心配げにレーダーに目をやった。先ほどから何も反応が無いどころか、時々ノイズまで混じる有様だった。
それだけでもストレスがたまるというのに、この森ときたら、やたらと足場が悪く、先ほどから何度も浮き出した木の根やツタが脚やレーダーフィンに引っかかる。こんなところにまでゾイドが侵入してくるとは思えないというフローランの考えも、理にかなっているといえばかなっていた。
「でも、さっきから何の反応も無いんだよ?熱源探知機にだって・・・」
言いかけて、突如後ろから引っ張られるようにゴルヘックスが動きを止めた。またツタか何かが、尻尾のレーダーアンテナに引っかかったようだ。それを尻尾をふりふりと振ってなんとか解きながらフローランが言った。
「あーあー、これだから機械に頼りすぎてる人間ってのは」
そういうとラゼットは、むっとするフローランのゴルヘックスを振り返って機体の動きを止め、傍に聳える大木に、ぽん、とヘルキャットの右前足を乗せて見せた。そのつま先の少し上の方に、鋭利な、それでいて強靭な刃物でえぐったような「一」の字の傷跡がつけられていた。
「ここに傷があるだろう?森に入れるような小型機で、この高さにこんな傷がつけられるのはレブラプターのカウンターサイズだけだ。しかもつい最近、かなり高速でつけられた傷だなこれは」
一瞬見ただけでそこまで分析してしまうラゼットの観察眼に、フローランは自分と愛機の索敵能力を馬鹿にされたことも忘れ、感嘆の声を漏らしていた。
しかし、それなら事態は深刻だ。今のラゼットの話が当たっているとすれば、イスナは今この瞬間もあの凶暴なレブラプターに追い回されているということになる。いや、もしかすると既に・・・。
「・・・っ」
操縦桿を握るフローランの手が震えていた。なぜあの時逃げてしまったのか。なぜもっと早く引き返さなかったのか。

実はフローランはイスナに促されていったん退却した後、本部に連絡を入れてすぐ、引き返してきていた。しかしそこにあったのは、休眠状態になった野良ガイサックと、腹を突き破られて横たわるイスナのガンスナイパーだけだった。そして、そのコクピットは開いていた。
半ば放心状態になってその場に立ち尽くして十分もしないうちに、一体の小型ゾイドがフローランの後方から駆け寄ってくる気配がした。
「フローラン!フローランか!?」
フローランが振り向くと同時に耳に飛び込んできた少年の声は、そこに立っていたゾイドのコクピットから発せられたものだった。
帝国軍が生んだ世界初の高速戦闘用ゾイド、ヘルキャットがそこにいた。背中には機体サイズの割には長大な2本のブレードと、小型のブースターが一体化した武装ユニットが備えられている。イスナ、フローランと同じグループに所属する少年、ラゼットの愛機だった。先ほど発せられた声も、紛れも無く彼のそれだった。
「ラゼット!?なんでここに!?」
どこか可愛らしい仕草でしゃがみこんだヘルキャットのコクピットから降り立った少年に、フローランは叫びながら駆け寄った。ラゼットと呼ばれた少年は腰に手を当てて頭を掻きながら言った。
「なんでって、助けを求めてきてその言い草はひどいんじゃない?」
言われてフローランは、初めて自分が動揺していることに気付いた。
「あ、そ、そうね。ごめん。でも今日は仕事だったんじゃ・・・」
「ああ、昼前に片付けてきた。ついでに次の仕事も貰ってきた」
そう言ってラゼットは懐から一枚の紙を取り出すと、フローランに向かってぴらぴらして見せた。彼は自分の利益のための努力なら惜しまないタイプの人間なのだ。
「で、イスナは?」
いきなり真剣な顔をしたラゼットがフローランの後ろで横たわるガンスナイパーに目を向けた。フローランの顔が、急に曇った。
「わからない・・・無線もつながらないし、レーダーにも反応はないし・・・」
胸の前で両手を重ねてうつむくフローランを見て、ラゼットは出撃前に先輩から聞かされたフローランの様子を思い出すと、心の中で舌打ちした。
・・・なんだよ、『落ち着いた』って言ってたくせに、全然じゃんかよ・・・
フローランは、今にも泣き出しそうだった。ラゼットも詳しくは知らないが、イスナとフローランは物心ついたころからの幼馴染と聞く。その相棒の行方が分からず、しかもゾイドに襲われている可能性がある、とくれば平静を保てという方が無理な話なのかもしれない。だが、このままここでじっとしている訳にも行かない。
ラゼットは、ぐっとフローランの肩を掴んだ。
「とにかく探しに行こう。いくらオーガノイドシステム搭載機並みの運動神経と生命力のあるあいつでも、さすがにゾイド相手じゃ分が悪いからな」
いたずらっぽく笑うラゼットに、フローランも笑顔で答えた。どうやら、ある程度の不安は取り除けたようだ。
そして、二人はそれぞれの愛機に戻り、ラゼットの先導で近くのこの森へと踏み込んだのだった。

「任せとけよ。ギルドの中では、あいつとの付き合いはお前の次に長いんだからな」
「・・・うん」
コクピットに映るモニターの中で笑うラゼットに、フローランもなんとか取り戻した笑顔で返事を返した。
「・・・そうだ、私がイスナと一番長い時間を一緒に過ごしてるんだ。私がしっかりしないと・・・」
森に入る前のラゼットとのやり取りを思い出していたフローランの決意を表すように、手の震えは止まった。それを待っていたように、レーダーが複数の熱源を捉えた。いくつかの小型ゾイドのものと、未確認の中型クラスの反応だ。
「ラゼット!レーダーが反応した!その先3キロの地点!」
フローランが慌てて先を行くラゼットに呼びかける。
「イスナもそこにいると思うか?」
「多分。これだけの熱量を発するのは、興奮状態にあるってことだから、イスナを追っかけてる奴の可能性が高いわ!」
ラゼットの問いに自信ありげに即答するフローラン。それを裏付けるように、反応している熱源は、小型ゾイドのものでは最高レベルのものだった。
二人は愛機のスピードを引き上げた。華麗に障害物をかわして跳躍するヘルキャットに遅れまいと、ゴルヘックスもばたばたと可能な限り足を上げて半ば強引に速度を上げる。
「しかし3キロだと?こんな短時間で森の中を人間が進める距離じゃねえぞ!」
「あの子は特別なの。なんでも遠い祖先がゾイドのお嫁さんを迎えたことがあるとか無いとか・・・」
「ははっ、マジかよ。で、反応は一体だけなのか?」
「えと、同じような反応が・・・にいさんしい・・・6つ」
「よし、了解・・・って、六匹ぃ!?」
ヘルキャットが思わず足を止め、フローランのゴルヘックスを振り返る。
「うん。それとあと、未確認の中型が一体」
「う、嘘だろ・・・どうなってんだよ」
青ざめるラゼットが、いつもの調子を取り戻すために頭をぶんぶん振って、声を張り上げた。
「と、とにかく先に行く!お前も無理しない程度に全速力で来い!」
「無理しない全速力ってどんなのよ?」
「知らねぇ!自分で考えろ!」
そう言うなり、ラゼットは思い切りアクセルを踏み込んだ。驚くべき運動性能で一気に最高速に達したヘルキャットが見る見るうちにゴルヘックスから遠ざかっていった。
「・・・あーあ、ゲーターの方がよかったかなぁ・・・」
愛機にマグネッサードライブが搭載されてないことを残念がりながら、フローランはラゼットに言われた通り、無理しない程度の全力疾走を実行すべく、森の障害物との格闘を始めた。


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