EPISODE03 予兆

惑星Ziの世界地図を中央大陸を中心にして見たとき、中央大陸南西に広がる大洋デルダロス海をまたいだその先に位置する西方大陸エウロペは、三つの地続きの大陸から成り立っている。
その三つというのは、数年前ヘリック共和国とガイロス帝国との大戦当時に主戦場と化していた北大陸、高山が連なり数多くの遺跡が眠る西大陸、そして人口のほとんどが集中する二大都市、ヘリックシティとガイガロスを有する南大陸の三大陸であり、北→西、西→南といった具合にそれぞれの大陸が橋のように細い陸地で繋がっており、一つの 大陸を形成している。
その、北大陸と西大陸を繋ぐ細い陸地、通称ブリッジチェーンと呼ばれる地帯の少し北大陸寄りの開けた荒れ地の真ん中に、大陸各地に施設を所有するガーディアンギルドの地方基地のひとつ、イスナ達の所属する基地があった。
基地の名は、『ベース・バーガンディー』。司令官であるエリスの名前から来ている。 ギルドの基地は、その規模によって呼び方が定められており、施設の規模や重要度が高いものは大級基地と呼ばれ、低くなるにつれ中級、小級基地と呼ばれる。
この基地の場合は、建設当時は小級基地として造り上げられたが、大陸の北と西、南を繋ぐ場所に位置し、かつての主戦場に近く野良ゾイドの出現が多いという地理的な条件から、事実上中級基地として機能していた。
野良ゾイドの侵入を防ぐために作られた厚さ5センチ、高さ20メートルに達する鋼鉄製の黒光りする城壁が基地周辺を覆い、その上部にはエネルギーシールド発生装置が備えられていた。
まがまがしい空気を放つ鋼鉄の門を潜るとなだらかな上り坂になっており、それを数十メートル進んだ頂きに、鋼鉄の城壁から背伸びして外の世界を眺めるように基地の建物が聳えていた。
基地の入り口は手前で大きく二つに分かれており、一方はそのまま建物の中へと、もう一方は左右に枝別れし、基地後方のゾイド格納庫に続いていた。

その、格納庫前の整理用広場に、基地の人間の殆ど全員が集まり、視線をあるものに集中させ、思い思いに感嘆の声を漏らしたり、隣人と感想を述べあったりしていた。
一見して一つの塊に見えるその人だかりは、実際は二つに別れていた。一つは、その人だかりに見上げられている蒼い狼型のゾイドに。もう一つは、その足元で胸を張る、紅い髪をポニーテールにまとめた少女に向けられていた。
イスナだった。
レブラプターの群れを振り切り、基地に帰り着いた彼女達を待っていたのは、物珍しいゾイドを一目見ようと集まってきた人の波だった。帰投する前にラゼットが事情を報告していたため、基地の殆どの人間がウルフの事を知っていたのだ。
「一体どこで手に入れたんだ?」
「何て名前なんだ?」
「レブラプターの群れをたった一体で倒したってのは本当なのかい?」
「共和国の新型だって?」
さっそく誤報が飛び交っているらしく、根も葉も無い情報がクレームのようにイスナに殺<到する。
隙の無い質問攻めに遭い、さすがに少し押された感のあるイスナを、ちゃっかりと脱出したフローランが本部側の建物の中から、群れる人の無数の背中を遠目に眺めていた。
窓の外から差し込む夕日とそれによって生まれる影が、部屋の中をオレンジと黒の二色に染めていた。
「・・・イスナでも引くことってあるんだ」
窓に両手をついて広場を見下ろしていたフローランが、冷めた笑いを含みながら言った。
「全く。人気者は大変だな」
背後の扉の開く音の後に続いて聞こえてきたラゼットの声も、フローランと同じ調子だった。フローランが振り返ると、腕を組んだラゼットも呆れたように苦い顔で笑っていた。
何気なくフローランの方に目をやったラゼットは、彼女がこの上なく優しい笑顔を窓の下に向けていることに気付いた。その顔は、我が子を見守る母親のそれを連想させた。
「・・・何笑ってんだ?」
「え?ううん、別に。・・・帰って来れたんだなーって・・・」
「ああ・・・」
安心したように目を細めるフローランの言葉に合点のいったラゼットが、ふっ、と小さく笑みをこぼした。
「姉キに話してきた。7番デッキに入れてくれだとさ」
そう言うとラゼットは、壁にかけていた自分の上着を羽織り、閉まりかけた扉をもう片方の手で支えた。
「さて、そろそろあの天然娘を救出しに行くか」
やれやれ、といった感じでこちらを振り返って笑顔を向けるラゼットに、フローランも笑顔で頷いた。

イスナと人だかりとの格闘は、ようやくの終息を迎えようとしていた。
「それにしても、無事でよかったよ、イスナちゃん」
半ば暴走気味になっていた見物衆たちのテンションも、ほぼ冷め終わったようだ。
「うん、ありがと♪」
「ところで、ガンスナイパーはどうするんだ?これからはこいつに乗るのかい?」
「あ、それは」
「おらおらー、お前らもうその辺にしろー」
イスナとウルフを取り巻く輪の中に突如割り込んできた声に、その場にいたイスナを除く全員が振り返った。
ラゼットのヘルキャットとフローランのゴルヘックスがそこにいた。
「イスナ〜、デッキに空きがあるからそこに入れろ〜」
拡声器越しのラゼットの言葉に事の終結を悟った野次馬が、渋々持ち場へと散っていった。
「ふぇ〜、なんか疲れた〜」
溶けるようにウルフの足に身を委ねて崩れるイスナが、これまた溶けるような弱々しい声を吐き出した。
「全く、さっさとウルフに乗って逃げたらよかったのに。私達みたいに」
ウルフの前を行くゴルヘックスのコクピットで、フローランが心配げにイスナを振り返った。
「いやだってさ、あんなに皆目を輝かせて来るんだから、答えてあげないと悪いじゃん」
右手を頭に乗せて、困ったようにあははと笑うイスナ。
「にしても気が利かない連中だな。俺達はまだいいとして、イスナはヘトヘトだってのに」
「いやいや、そんなことないって。この後ちょっと出掛けるし」
あっけらかんと答えるイスナの言葉に、ウルフの前を行く二人の表情が固まった。
「はぁ!?お前」
「だって私のガンスナイパー連れて帰ってこなきゃ。怪我だってしてるんだし」
「・・・ったく」
いつも通り自分の話を遮ったイスナだったが、ラゼットは苛立つ事はせず、ふぅ、と小さくため息をついた。あれだけのことで全くへこたれない馬鹿みたいな体力も、人もゾイドも平等に扱う優しさも、いつもの通りだ。何も心配はいらない。
そんなやり取りをコクピットのモニター越しに交わしながら、三人はそれぞれの愛機を格納庫へと向かわせた。

「よっ、おつかれさん」
機体を所定の場所に置いた3人を、男の声が出迎えた。声がした方に目をやると、ちょうどラゼットのヘルキャットと通路を挟んで向かい合う位置に置かれたヘルディガンナーの足元で、一人の男がこちらに向かって右手を振っていた。
分厚い丸眼鏡をかけ、なおかつそれすらも隠すほどに伸びた黒髪のせいでほとんど表情は分からず、優しく微笑んでいるはずの口元もどこか不気味に映っている。
「あ、ソウマさん、ただいまー!」
しかし、そんな空気など微塵も感じていない様子のイスナは、大きく右手を振ってそれに応える。
「あの空気(オーラ)、相変わらずね、ソウマさん」
「ネクラが・・・」
苦笑するフローランに、怒ったような呆れたような複雑な表情でそのネクラの丸眼鏡を睨むラゼットが毒づいた。
しかし、やはりイスナはそんなことはお構い無しに、腕を組む丸眼鏡の前でぴょんぴょんはしゃいでいる。普通の人が一歩構える風体の彼にも、何故かイスナはよくなつく、と基地内でも話のネタになっていた。
「へえ、これがそのウルフかい?」
ソウマと呼ばれた少年がその独特のオーラを放ちながらこちらに歩み寄ってきた。
「・・・お前なあ、いい加減髪切るとかしたらどうなんだ?怪しいにも程があるだろ」
そう言いながらラゼットがヘルキャットのつま先に腰を下ろした。
「何を言うか。キャラ立ちして損することは無いんだぞ?」
「・・・相変わらず発言の意味が不明だな。頼むからもう少しまともなカッコしてくれよ。まるでオタクだぜ」
「ん、僕は自他共に認める軍用ゾイドオタクで通ってるつもりだけど?」
「そうだったな・・・はあ、出来ることならパートナー代わりたい・・・」
得意げに眼鏡を上げるソウマに、顔を逸らしたラゼットが呟いた。
「ふはは、そうはいかないよ。それだけ僕に反応してくれるのは君だけなんだから我慢しなさい」
がくっとうなだれるラゼットを見下ろしながらソウマが芝居がかった笑い声を上げた。

ガーディアンギルドの中でも、実際にゾイドを駆り、野良ゾイドを捕獲する実動員を『テイカー』と呼び、普通2人1組のパートナーを組んで行動する。イスナとフローランがそうであるように、ラゼットとソウマもまたパートナーなのだ。しかも、ソウマのキャラクター性も相まって、接近戦を得意とするラゼットと、ソウマのヘルディガンナーによる狙撃の組み合わせは右に出るものの無い優秀なコンビとして良く知られていた。

「ふ〜ん・・・」
いつもどおりのラゼットの反応を受け流すと、ソウマは右手をあごに添えてイスナのウルフを見上げた。
「・・・HL−10X系の機体だね。しかも新機軸のタイプだ」
「えいちえる・・・何だって?」
「HL−10X。ようは共和国軍の新型の試作機、もしくは実験機ってこと」
「はぅ!・・・やっぱり?」
幾度と無く浮かんだ疑念を一瞬で指摘されたイスナが青くなった。
「間違いないね。しかもハードポイントや間接部の処理も従来型とは全く違う・・・イスナ、ちょっと・・・やっちゃったんじゃない?」
分厚い眼鏡で瞳が見えない不気味な顔が、イスナを振り返った。
「あうう・・・」
「保管されていた場所も場所だからな」
ソウマの言葉に、ラゼットが付け足す。
「はわわわわ・・・」
二人そろって腕を組むソウマとラゼットの指摘に、イスナは今にも泣き出しそうになった。
それを見たソウマは、別段慌てることも無く、けろっとした声で言った。
「ま、黙ってりゃばれないでしょ」
「っておい!そんなあっさりと断言していいものなのか!?」
予想だにしないソウマの言葉にラゼットがギュン!と顔を向ける。
「だってもう5年もほったらかされてた訳だろ?それに・・・」
そう言いかけたソウマは何か思い当たったように言葉を切ると、仕切り直すように小さく息を吐いた。
「ま、いっか」
「また1人で納得してやがるし・・・」
疲れた表情で肩を落とすラゼット。どうやら彼は対象が誰であっても突っ込み役に回ることが多いらしい。気苦労の絶えない役回りである。
「とにかく、今日は休んだ方がいいよ。もう日も暮れるし。ガンスナイパーの回収は明日にすればいいさ」
「えー?でも・・・」
「でもじゃないの。行こう、イスナ」
そういってイスナの腕を強引に抱き寄せたフローランがずるずるとイスナを宿舎の方へと引っ張っていった。
あーれー、というイスナの断末魔(?)が遠ざかっていくのを見送ったラゼットは、そのままの体勢で聞いた。
「で?どうなんだよ。本当は」
「ん?何のことだい?」
ここで振られるとは思っていなかった、といった表情でソウマが聞き返す。
「とぼける必要も無いだろう。あのウルフだよ」
真剣な顔で声のトーンを落とすラゼットに、ソウマは困ったような笑みを浮かべた。
「とぼけるも何も、さっき僕が言った事は本当だよ?」
「・・・」
ラゼットは、ただ黙ってその先を待った。
「・・・ふぅ、さすがだねラゼット。いやまぁ、別に僕等が深く悩むことでもないんだろうけどさ」
そういって腕を組むと、ソウマは下がった眼鏡を右手でなおした。
「あのウルフが・・・5年間だっけ?もそんな廃工場みたいな所にいて、しかも餓えたりしないように生命維持システムを稼動させてたのは、ただ『放置されていた』んじゃなくて『放置せざるを得なかった』んじゃないか、と思っただけだよ」
「・・・?」
思わず振り返ったラゼット。その視線の先には、眼鏡のレンズの奥にあるソウマの紅い瞳が光っていた。
「それって・・・どういう・・・」
「普通、最重要機密であるならば真っ先に懐に隠す必要がある。だが、もしその懐が破れ、それが裾から零れ落ち、大衆の目に晒す事になるのを恐れたのだとしたら・・・」
「・・・下手に回収を急いで落とされるより、部隊が撤退したエウロペ(ここ)に残す方が安全だって訳か」
「しかも戦力に成り得る新型をあえて戦線から遠い場所に隠すってことは、味方にも公にできないような理由がある、ってことも考えられるわけだね」
「おいおい・・・なんだよそりゃあ・・・」
「オーガノイドシステムみたいな封印された旧世界の遺物か、禁断の最終兵器か・・・何にせよ、まともな代物じゃないってことはたしかだね」
「・・・」
まるで全てお見通しだとでも言わんばかりのその口調に、ラゼットは妙な戦慄を背中に感じ、言葉を失っていた。
「・・・ま、あくまで今ある情報から推測できる僕の勝手な想像だ、って事を忘れないでよね。ただ単に情報が漏れるのを防ぎたかっただけかもしれないし」
「ああ・・・でもあの廃工場、一度調べた方が良さそうだな」
「ん、そだね」
「・・・」
「何?」
「・・・お前って、やっぱ解んねぇ」

その日の夜、部屋に戻ったイスナは、すでにシャワーを済ませ、寝間着に着替えていた。普段ポニーテールで纏めている髪は解かれ、どこかいつもと違う雰囲気を漂わせていた。
枕を抱いてベッドに腰掛けるイスナは眉間にしわを寄せ、難しい顔を浮かべていた。
「どしたの?変な顔して」
シャワーを済ませたフローランが、部屋に入ってきた。
顔色を変えないまま、イスナが口を開いた。
「・・・もしウィスが軍の新型だったら、ただじゃ済まないよね」
イスナの言葉に、冷蔵庫の扉を開けようとしていたフローランの手が止まった。
「イスナ・・・?」
振り返るフローランに、イスナは続けた。
「軍がこの事を知ったら、ギルドは真っ先に疑われる。そしたら、みんなに迷惑が・・・」
イスナが、半分顔を埋めた枕を強く抱きしめた。
「そんな、大丈夫よ。ソウマさんだって言ってたじゃん。それに今、共和国軍はそんなことにまで手が回らないのは・・・私たちが、一番分かってるじゃない」
急に声を落としたフローランの言葉に、イスナははっと目を見開いた。
そう、今、中央大陸で繰り広げられている共和国とネオゼネバス帝国の戦いは、一方的に帝国軍有利に進んでいると各メディアで騒がれている。共和国は勢力圏の殆どを失い、大統領は行方不明になったとの噂もある。
それが、イスナとフローランの両親のいる場所なのだ。だからこそ、共和国軍の動きは嫌が応にも気にかかる。
ともかくも、国の存亡がかかっている今、このエウロペにまで軍がやってくることはまずあり得なかった。
「うん・・・そだね」
部屋の中が、静寂に包まれた。時が止まったような空間の中で、それでも時計の秒針だけは、進み行く時間を紡いでいた。
「ま、考えてもどうしようもないかっ!!」
「ひえっ!?」
突如静寂をぶち破ったイスナの大声に驚いたフローランが顔を向けると、イスナが枕を抱いたままベッドに倒れこんでいた。
悲しげな笑顔を浮かべて天井を見上げるイスナの目の中に、故郷で今も戦う両親の姿を思い浮かべていることは、フローランにもすぐに感じられた。
「そだね」
小さく笑って答えたフローランが、思い出したように冷蔵庫の扉に手をかけた。
「あ、ボトルの水全部飲んじゃったから新しいの入れないと無いよ」
「・・・」
無言でイスナの方を振り返るフローランにはお構い無しに、イスナはさっさと布団に潜り込んでいた。