薄暗い部屋の中で、唯一モニター周辺だけが、人工的な緑色の光を放っていた。
そのモニターの一つを見つめる二つの人影。モニターの発する光が、その顔を浮かび上がらせる。
「どうだ?」
カタカタとキーボードを打つ男の後ろから声をかけたのは、エリスだった。
「やはり間違いないですね・・・。しかし、こんなところにこんな機体がいるはずは・・・」
眼鏡をかけた男が忙しなくキーを叩きながら答える。
「何がどうなっているのかは分からんが、最悪、交戦なんてことにはなりたくないな・・・」
二人の見つめるモニターには、巨大なホエールカイザーの残骸からこちらに向かって伸びる2本の閃光が映し出されていた。
EPISODE04 急襲
「ふう・・・」
休憩室の一角に、難しい顔をしながら紙コップを片手に壁にもたれる一人の女性の姿があった。濃紺の長い髪に、前髪をおさえる赤い髪飾りが映えている。エリスだった。
「あ、エリスさん」
不意に届いた声に振り返ると、イスナとフローランの姿があった。
「ああ、お前たち・・・」
その姿を確認したエリスが、安心したような笑みをこぼした。
「さっきそこで聞きましたけど・・・どうするんですか?」
自販機の中から紙コップを取り出したフローランが振り返った。
「ああ、もう聞いたのか。早いな」
休憩用の長いすに腰を下ろしたエリスが目だけをフローランの方に向けて言った。
「フローラン人気あるからね〜。頼んでもないのに色んな情報もらえるんだよね」
イスナが両手を頭の後ろに組んで笑った。『情報』とは、偵察中のサイカーチスが何者かの攻撃を受けた件のことだ。
「たった今、解析結果を聞いてきたところだ。どうやらあの閃光は、ジェノザウラーに積んであるロングレンジパルスレーザーライフルによるもので間違いないらしい」
エリスの言葉を聞いた2人の表情が固まった。
「ジェノザウラー・・・って何?フローラン」
エリスの隣に座ったイスナがフローランの方を振り返った。
「ええっと、私も詳しくは・・・」
そう言って頬をかくフローラン。
「ジェノザウラーは大戦初期に帝国軍が開発した、オーガノイドシステムを搭載した強襲用ゾイド・・・だが高性能ゆえに生産効率が悪く、実戦配備されているのは200機に満た
ない。軍で乗れるのは大隊長クラスより上の人間だけだ」
フローランに代わってエリスが答える。
「野良・・・なんですか?」
エリスとイスナに向かい合う形でフローランも腰を下ろす。
「分からん。ただ、知ってのとおり野良ゾイドに火器管制能力はない。かといって、どこぞの盗賊が簡単に手に入れられるような機体でもない。残る可能性としては・・・」
顎に右手を添えるエリスに、イスナとフローランの顔に緊張が走る。
「帝国軍だ!!」
――
――――――
突然の怒声に一瞬、時が止まった。
3人が声のしたほうに顔を向けると、そこには息を切らせたラゼットの姿があった。右手を壁に支え、左手は自分のひざにあて、肩で息をしている。相当な勢いで走ってきたらしい。
「ラゼット?・・・もー、びっくりするなあ」
本当に驚いたらしく、フローランは自分の胸に右手を添えている。
「どしたのラゼット、そんなに慌てちゃって」
息を整えつつ、つかつかと歩み寄るラゼットにイスナが声を掛ける。しかしラゼットはそれを無視してエリスに目を向けた。
「姉キ、帝国軍がこの近くに出てくるって話、聞いてるか?」
いきなりの質問に、エリスは目を丸くした。
「なんだいきなり・・・そんな話は聞いてないし、この間回収したゾイドを持って行った時にも、帝国の人間は何も言ってなかったぞ」
言いながらエリスは、はっと目を見開いた。
「お前、それどこで聞いた情報だ・・・?」
ラゼットはいたずらっぽく笑った。
「この上なく新鮮で確実な情報を無償で提供してくれる良心的な情報屋だ。時々パーツなんかも売ってるぜ」
「ジャンク屋か・・・」
そう呟くと、エリスは再び右手を顎に添え、考え込んでしまった。
「・・・ところで、何の話し合いだ?これは」
「あ、実は・・・」
フローランが事のあらましをラゼットに伝える。
「ジェノザウラー・・・か」
フローランの隣に座ったラゼットが腕を組んだ。
「ラゼット、その帝国軍は一個大隊だ、とジャンク屋は言ったんだな?」
「ああ、間違いなくそう言った」
「となれば、帝国軍の仕業という可能性も出てきたわけか・・・」
エリスが苦い顔つきで目を閉じた。
「じゃあ、なんでギルドと分かって攻撃してきたんだろ」
イスナの疑問は最もだった。いや、それ以外にも不確定な点だらけだ。野良ゾイドなのか、人が乗ったゾイドなのかも。
「とりあえずは調べてみないことにはこれ以上何も言えない、か。・・・フローラン」
「え?」
いきなりエリスの指名を受けたフローランが裏返った声を上げる。
「今から私と一緒に偵察に付き合ってくれ。もし人が乗っていたなら最高責任者の私が直接出向いた方が早い」
「は、はい、わかりました」
そう言ってあたふたと立ち上がるフローランとエリス。
「お、おい姉キ・・・」
「お前は留守番してろ」
「まだ何も言ってねえよ!」
姉の挑発に食いつこうとしたラゼットだったが、エリスの真剣な表情に制され、言葉を詰まらせてしまった。
「もし仮に今回の犯人が野良にしろ有人機にしろ、本当にジェノザウラーだったら・・・わかるだろ」
エリスの言葉と表情が伝える真意は、その場にいた全員に伝わった。ジェノザウラーの戦闘能力は半端ではない。もし戦うようなことがあったとすれば、こちらも半端でない覚悟がいる。そう、下手をすれば、怪我どころでは済まない事態も起こりうるのだ。
「とにかく、事態を見極めないことにはどうにもならん。もしただの盗賊だったら私たちの管轄外なんだからな」
格納庫から、青いゾイドがゆっくりとした足取りで現れた。シールドライガーだ。だが、そのコクピットはキャノピーではなく、ボディと同じ色の装甲に覆われている。エリス専用機だった。その後ろに少し遅れて、フローランのゴルヘックスがついていく。
「あーあ、私も行きたかったな〜」
その様子を格納庫で見送るイスナが残念そうに両手を腰に当てた。
「そう言うなよ。俺だって同じさ」
その隣ではラゼットが腕を組み、イスナと同じく2機を見送る。
2機の足音がだんだん遠のき、最後にはその姿が消えるのより少し速く、聞こえなくなってしまった。
一瞬の静寂。それをイスナの呟く声が遮った。
「大丈夫、だよね・・・」
「ん?」
「もし・・・軍だったら・・・」
「ああ、俺も最初そう思った。ウィスタリアのことを嗅ぎつけたんじゃないか、ってな」
「・・・っ」
イスナが自分の胸に置いた手を握る。それを見たラゼットが、情けないものを見るようにため息をついた。
「お前ってさあ、いつもは能天気なくせになんでそう心配性なんだよ」
「だって、私のせいで皆に迷惑がかかったら・・・」
「大丈夫だって。もし軍の奴が来たとしてもお前ごとウルフを放り出すようなことはねえから」
そう言って、ラゼットは二カッと笑って見せた。
「うん・・・ありがと」
イスナが、心底ほっとしたように、いつもと同じように明るく、優しい表情で笑った。それは、開けたカーテンの外から差し込んでくる太陽の光のように明るく、ラゼットが今まで見たことのない笑顔だった。
冗談で言ったつもりの台詞を真剣に返されたラゼットは、一瞬焦ったような表情を浮かべ、思わず顔を背けた。
心臓が、妙に高鳴っている。全身が、汗が吹き出るように熱くなった。
「ラゼット?どしたの?」
イスナが、ひょこっとラゼットの顔を覗き込んだ。
「な、なんでもねぇよっ!」
思わず一歩さがり、また顔を背けるラゼット。
「ふーん・・・ま、いっか」
そう言ってイスナは、ウルフの足元へと駆け寄っていった。
ポニーテールをふわふわさせながら駆けて行くその様子を、ラゼットは知らず知らず目で追っていた。
・・・何だってんだよ、ったく・・・
そしてそれに気付き、頬をほんのり赤らめながら、心の中で恨めしく呟いた。
「いやあ〜、青春ですなあ〜!ラゼットくん〜??」
「!!?」
いきなり耳元で聞こえてきた声に、ラゼットは口から何かが出そうなほどに驚いた。
振り返ると、そこにはいつものネクラオタク丸眼鏡がいた。
「てめ、ソウマ!せ・・・青春って何のことだよ・・・!」
「いやいや隠すことはないだろう?僕だって君と同じく甘酸っぱくもホロ苦い思春期真っ只中の好青年なのだから。心中察するよ、ラゼット君」
とっさに構えようとしたラゼットを制し、肩をぽんと叩くソウマ。なんとも面白くて仕方のない、といった顔を浮かべている。
「心中って、俺は別に・・・」
「おんやぁ?僕はまだ何も言ってないけど?まあいいや聞かせてもらおうか。『別に』なんだって??」
「き、貴様・・・」
ラゼットは、泣きそうになりながら図星という感情を隠すべく右腕を胸の辺りで構えた。
次の瞬間。鈍い音とともに、ソウマの体が宙を舞っていた。
「これ、なーんだ?」
イスナが、ウィスタリアウルフの目の前に、派手な蛍光グリーンのゴムボールを差し出した。直径は50センチほど。
ウルフは身を屈め、そのボールに鼻を近づけた。どうやら興味津々といった様子である。
イスナが右へ左へボールを動かすたびに、それを目で追うウルフ。といっても目はないが。
ぽーんと上へ放り投げれば、ウルフもぽかんと口を開けながらそれを見上げ、すとんとイスナの両腕に収まったボールを見て首を傾げる。
尻尾が、ふりふりと激しく振れている。我慢の限界が近いらしい。
それを見たイスナは、小さく笑みを浮かべ、ぽい、とボールを右へと放った。
次の瞬間、すさまじい衝撃音が格納庫中に響き、かすかに地面が揺れた。
驚いたラゼットとソウマが振り返ると、右脚を前に出したウルフの姿があった。その足が置かれた格納庫の床は、いくつものヒビが走っている。
転がるボールを取り押さえようとしたウルフがその前足を振り下ろし、ボールを割ったついでに床も割ってしまったのだった。
「こらイスナ!待機中はコアと機体のリンク切断しろっていつも言ってるだろーが!!」
ラゼットが右腕を振り上げて叫ぶ。
「ごめーん。最初はスキンシップとるのが大事かなーと思って」
そういって、頭をかくイスナ。
ため息をつくラゼットの肩に、ソウマが手を置いた。
「将来苦労するよ、きみ」
「・・・」
再び、ソウマの体が宙に飛んだ。
