EPISODE06 覚醒(後編)

鬱蒼と木々の茂る森の中を、一体の巨獣が、その巨体に似合わぬスピードで駆けていく。エリスのシールドライガーだった。
彼女は、来るべきジェノザウラーとの戦闘に備え待機しているはずだった。だが、レブラプターの群れの先頭に立っていてもおかしくないはずのジェノザウラーは、いつまでたっても現れることは無かった。
「こういう時の予感は、あまり当たって欲しくはないんだがな・・・」
機首を右へ左へ器用に操りながら、エリスが呟いた。何か嫌な予感が、先ほどから胸の隅に巣食って離れない。未だに連絡ひとつよこさないイスナのことも気がかりだ。
この辺り一帯は、地形的条件で電波状態がかなり悪い。フローランのゴルヘックスで、なんとかまともな通信ができる程度だろう。もし何かあっても、助けを呼んで誰かが気付くような場所ではない。
その時、エリスの耳に、聞こえるはずのない音が聞こえた。爆発音だ。
この辺りで、走っているゾイドのコクピットにまで響くほど強力な火器、あるいは爆薬を積んでいるものと言えば、思い当たるものはひとつしかない。
「ジェノザウラー・・・向こうか!」
だが、薄暗い木々の向こうを睨んだエリスがまさに駆け出そうとした瞬間、レーダーが微かに反応した。
思わず振り返ると、木々の向こうに、信じられないものが歩いていた。
ジェノザウラーだ。
「な・・・」
エリスが思わずうめいた。
ついさっき、遠くから響いてきた発射音の根源であるはずのゾイドが、自分のすぐ側を歩いているのだ。さらに一瞬後、エリスは言葉を失った。
ジェノザウラーの背中に、あるはずの火器がなかったからだ。
エリスは一瞬事態が飲めなかった。離れた場所にいると思ったジェノザウラーが自分のすぐ側にいて、しかも装備しているはずの火器を持っていない。
自分の思考が一人歩きしそうになっていることを悟ったエリスは、ふっと息を吐き、自分の眼前で全身を続けるジェノザウラーに目をやった。
幸い、むこうはまだこちらに気付いていない。焦って動いたら、命取りになる。
今のこの状況で、エリスの脳裏に、ひとつの可能性が浮かんだ。

ジェノザウラーは、2体いる。

彼女自身も認めたくない事実だったが、さっきの爆発音が何かの聞き間違いでない限り、それしか考えられない。前に偵察に行った時には、恐らくホエールカイザーの陰に隠れていて、見逃してしまったのだろう。
だが、そこまで考え至った時、エリスの体に戦慄が走った。
「じゃあ、今の砲撃は・・・まさか!?」
撃たれたのはイスナなのではないか、という言葉を押し止め、エリスはコクピットのハッチを開けた。砲撃したであろうジェノザウラーを探すのが先決だが、こちらも放っておくわけにはいかない。
エリスは、シートに据え付けてあるライフルを手に取ると、近くの木から地面に降り、木の陰に隠れながらジェノザウラーに近付いた。
そして、ジェノザウラーの進路上にある岩陰に身を潜めた。
ズン、ズンと、地鳴りのような足音と振動が近付いてくる。そして、その黒い巨体が目の前を通り過ぎた瞬間、ジェノザウラーの股間に向けてライフルを放った。
放たれたのは発信機。股間に放ったのは、2足恐竜型ゾイドが動く際、最も遠心力がかからず、外れにくいという利点があるからだ。
放たれた発信機は見事命中し、赤い光を点滅させていた。
「ふぅ・・・ひとまず、これで見失う事はなくなったな」
ライフルを肩に担いだエリスは、急いで愛機へと駆け戻った。この密林の中では、ライガーやウルフのような高機動ゾイド以外は、大型ゾイドはそれなりに動きを制限される。
ジェノザウラーが峡谷にたどり着く前にイスナと合流し、ジェノザウラーを迎え撃つ。
シールドライガーの機動性なら、不可能ではないはずだ。
あとは、どれだけ早くイスナと合流できるかにかかっている。
「イスナ・・・どこにいる」
嫌な胸騒ぎを覚えたまま、エリスを乗せたシールドライガーは密林の中へと消えていった。


なぎ倒された大木の上に、青い巨体が横たわっていた。イスナのウィスタリアウルフだった。

「っくっ・・・」
頭が朦朧とする。思考が働かない。体が動かない。痛い。
ウルフのコクピットに座るイスナが受けた衝撃は、相当なものだった。
それでも、外傷ひとつ負っていないのは、他ならぬ、ゾイドに乗っていたからだろう。
だが、ジェノザウラーの攻撃を至近距離で受けたウィスタリアウルフは、無気力に横たわったまま、動く気配がない。

「ウィ、ス・・・」

なんとか動いた唇で、その名を呼ぶ。
その瞬間、つい数秒前の出来事が脳裏に甦った。
黒いゾイド、閃光、衝撃。
時間にして1秒足らず。気を失っていたのも、そう長い時間ではないはずだ。
だが、一瞬でも無防備を晒していた事の意味を理解した瞬間、電撃を浴びせられたかのように、イスナの意識は回復した。
「っダメっ!!」
ジェノザウラーの火器は、自動照準で連続して射撃してくるシステム。動きを止めたら、その全てをまともに受け続けることになる。
だが、それを思い出したと同時に、あることに気付いた。
覚束ないながらも自分が意識を回復してから、その衝撃が一度もない。
「?・・・」
きしむ体をなんとか起こし、キャノピー越しの外に目をやる。
見ると、不定形の膜のようなものが、ジェノザウラーの射撃を防いでいる。
「エネルギー・・・シールド?」
イスナは思わず呟いた。ゾイドの装備の中でも特殊な部類に入るものだったが、それをイスナは知っていた。エリスのシールドライガーが装備しているのも、確か同じもののはずだ。
そして、イスナは反射的に、これが好機であることを理解していた。
レバーを倒す。それに反応して、ウルフがなんとか立ち上がる。
だが、それが精一杯だった。ウルフの横腹には、焼け焦げた2つの穴が開き、そこから煙が立ち昇っていた。
ジェノザウラーは、それが自分の攻撃手段だと理解しているのか、断続的に発射されるパルスレーザーに攻撃を任せ、その場から動こうとしない。
そして、その攻撃を受けるたびに、シールドの膜は、その色を薄くしていった。限界が近い。
覚束ない足でなんとかその場から離れようとするが、その一歩一歩が遅い。
「ウィス・・・頑張って・・・っ!」
祈るように呟くイスナ。もはや操縦幹を握ることも、その意味を成していなかった。ウルフの身体能力と生命力に賭けるしかない。
シールドが、消えようとしていた。コクピットに響く衝撃も、少しずつ大きくなってくる。
ジェノザウラーは、獲物が倒れるのを待っているかのように、ウルフをただ見つめていた。

そして、何度目かの射撃を受け、ついにシールドが消えた。その衝撃で、再びウルフが地に屈した。先程と同じ場所に攻撃を受けたのだ。ゾイドコア本体へのダメージも大きい。
間髪をいれず、ジェノザウラーが動いた。止めを刺すつもりなのか、ゆっくりとこちらに接近してくる。
絶体絶命。
一歩、また一歩と近付いてくるジェノザウラーが、とてつもなく大きく感じられる。
その巨体を見上げながら、イスナの胸の中に、ガンスナイパーでレブラプターと対峙した時の記憶が甦ってきた。

―まただ。

あの時も、そう。自分の乗ったゾイドは、命の危機に晒される。
あの時は助かった。助けることが出来た。
でも今回は、多分ダメだ。
このジェノザウラーは、ウルフを殺す。自分が囮になっても無意味だ。
イスナの本能的な予感が、そう告げていた。

―どうして。

自分たちはゾイドに乗り、ゾイドに守られ、ゾイドによって生かされている。
あの時も、レブラプターに追われた自分が助かったのは、そこにウルフがいたからだ。
だが今は、逆に自分がウルフの命を危機に晒している。

自分のした事と、自分の無力さが、自分で許せない。

「ウィス・・・ごめん、ごめんね・・・」

抱きしめるようにコンソールに身を預けるイスナの頬を、一筋の涙が流れた。
そしてそのコクピットに、ジェノザウラーの巨体が影を落とした。