日の光の届かない海中に、巨大な影が浮かんでいた。数は、ざっと十を超えているだろうか。隙の無い陣を形成し、一糸乱れぬ速度でゆっくりと海中を進む。
その、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)輸送艦、ドラグーンネストの腹部ハッチが泡を吐き出しながらゆっくりと開いていった。その中には、無数の紅く光る目。
「進路クリアー。各機、発進よろし」
号令とともに、次々とゾイドが打ち出されていく。マッカーチスと呼ばれるその超小型、高性能ゾイドは尾部を丸めた状態で後ろ向きに打ち出されると尾の一振りで向きを変え、しなやかな動きで目的地を目指していった。

目的地は、中央大陸。

100年に渡って敵対してきた同胞たちの治める大地。

そして、偉大なる彼らの母国を蘇らせるための場所。


GUILTY DESIRE
第一話 見知らぬ故郷の上で


ZAC2101年初頭、中央大陸デルポイ北部クック湾は、猛烈な大雨に見舞われていた。雲は、本来なら朝焼けに白く輝いているはずの空を覆い、猛烈な勢いで絶え間なく降り注ぐ雨が視界を奪う。
時折雷を伴う豪雨の中に、雨に溶け込むような小型ゾイドの群れが微動だにせずに海を睨んでいた。ヘリック共和国本土防衛軍主力小型ゾイド、スナイプマスターだった。その群れの後方に張られた小さなテントの中で、将校の軍服に身を包んだ士官が数人の部下とともに機獣の群れを見つめていた。
「ついにこの時が来てしまったか・・・」
司令官と思しき男が、ため息混じりに呟いた。
「50年ぶり、ですかね。同胞(彼ら)を敵にするのは」
傍にいた士官が、同じ調子で皮肉っぽく言った。
「同胞といっても、誰も顔見知りは居らんよ。互いを見知ったものは皆、あの世に逝ってしまったからな」
そう言うと司令官は、遠くのものを見るように目を細めた。
「これが運命ってヤツですかね。私なんかはまだ嫁にも巡りあえていないってのに」
頭を掻く下士官に、隣にいた同期の兵士が、お前の嫁はあのスピノサパーだろう、と冷やかす。
部下の言葉を聞いた司令官は、小さく微笑んだ。
「感傷に浸れる時間は、もう終わったのだよ」
司令官の言葉に、その場にいた全員の表情が変わった。その目は、決意に満ちたようでも、過ぎた時間を惜しむようでもあった。

中央大陸デルポイの共和国軍最高指令本部に、暗黒大陸ニクスからの伝令が届いたのは一週間前のことだった。満身創痍で滑走路に降り立ったサラマンダーのパイロットは、悲痛な声でこう告げた。『ゼネバスが来る』と。
事態を知った司令部の行動は早かった。本土防衛隊に総動員をかけ、わずか一週間という短い時間で最前線にまでこうして部隊を派遣することに成功した。
海岸線沿いに防衛陣を完成させ、一週間が経とうとしていた今日、ついに運命の時が訪れようとしていた。外洋守備隊のハンマーヘッドから、連絡が途絶えたのだ。敵は、ゼネバス軍は、もう目と鼻の先にまで来ている。そして2時間前、ついにハンマーヘッドの一機から、敵ゾイド確認の報が届いた。開戦の時が、迫っていた。
司令官は、全員の顔を見回すと、前方のゾイド各機に繋がった通信機のマイクを手に取った。
「今日、我々は新たな歴史の先陣を切る。これは、あってはならない歴史だ。願わくば、この戦いが、歴史として後世に伝わらぬことを切に願い、その為の力たりえる諸君の健闘に期待する」
それが、歴史の幕開けとなった。

同じ頃、中央大陸クック湾を目指すマッカーチス隊も、共和国軍同様の決意と緊張に包まれていた。
「各隊、上陸後は速やかに作戦を実行せよ。敵戦力を二分するのが目的ということを忘れるな」
「シザーワン、了解」
「シザーツー、了解」
「シザースリー、了解」
各隊長の通信と同時に、マッカーチスの群れは3方向に散っていった。
「こいつで対ゾイド戦闘は初めてだったな。大丈夫か?デューク・レーベン・クロード中尉」
右に展開する隊のマッカーチスの一機に、大隊長、ラザー・トニス中佐の通信が届いた。
「はい、大丈夫です、中佐」
マッカーチスの操縦桿を握る若い男が落ち着いた声で呼びかけに応えた。
「・・・コイツは、やる気ですよ」
エースと目される若きパイロット、デューク・レーベン・クロード中尉の口元は、微かに笑っているように見えた。
レーダーが、前方に無秩序な熱反応を示し始めた。戦闘が、始まったのだ。
海面に、いくつもの水柱が上がっていた。スナイプマスターの尾から放たれる弾丸を避け、あるいは直撃を受けたことによる爆発のためだった。
戦闘は、本格的な射撃戦に発展していた。数の上では上陸部隊が有利だ。だが、降りしきる大雨によってビーム砲の威力は殆ど無効化され、守備隊には全くと言って良いほど損害を与えることが出来ていなかった。マッカーチス隊は、まだ一機として、中央大陸の土を踏めてない。しかし、それは守備隊も同じだった。高性能のスナイプスコープを用いても、この雨の中で水中からわずかに顔を出すだけのマッカーチスを狙い打つことは出来なかった。
両軍は戦力温存のため、一時的に射撃を中断し、膠着状態に入っていた。だが、やがてそんな状況に変化が起きた。共和国海軍の援軍が到着したのだ。
「ハンマーヘッド!?援軍か!」
・・・どうやら、最初に気付いたのは俺だったらしい。俺の周りで、次々と遼機がミサイルを受け、沈んでいく。
「中佐!」
俺は叫んだ。隊長であるトニス中佐の指示を仰ぐためだ。幸い、隊長機は健在だ。
「ああ、一時撤退する!この状況で挟み撃ちにあったら全滅だ!」
中佐の指示と同時に、次々とマッカーチスが後方で待機しているドラグーンネストへと戻っていく。だが、その中で一機だけ、他の機体とは間逆を向くマッカーチスがいた。中佐だ。
「中佐!中佐も早く!」
「お前は先に行け!隊長が真っ先に逃げ出すわけにはいかん!」
「しかし・・・!」
俺は、無理矢理にそこで言葉を切った。これは命令だ。従わなければならない。そして、機体を翻し、一気に最高速にまで引き上げ、離脱した。
視界の隅に、片腕を失いながらも何とか敵を振り切った中佐のマッカーチスが見えた。どうやら守備隊にも、追撃する余裕は無かったらしい。
「少々シナリオは違ったが、まあ大丈夫だろ」
トニス中佐が、後ろを振り返りながら呟いた。結局、今回の戦闘で失った戦力はマッカーチス14機。敵には被害らしいものは与えられていない。それに、今敵に時間を与えれば、こちらとは比べ物にならない物量をもって補給と整備を整えてくるだろう。だが、そうはならないことは、俺も、トニス中佐にも分かっていた。だからこそ、俺は中佐の言葉に頷いた。
「ええ、少なくとも、アレを出す時間は稼げるでしょう」
俺たちには、まだ切り札がある。負けることなどありえない。
俺たちがドラグーンネストに着いたころには、嵐のような大雨も、幾分小降りになっていた。

「このまま持久戦に持ち込めば勝てる!各機、補給と整備急げ!」
雨の中、微かに勝利への希望が見えた守備隊の戦闘隊長が声を張り上げた瞬間、彼の右翼に展開していた僚機から火柱が上がった。
「何!?」
「隊長!四時の方向に敵部隊確認!」
「なんだと!?」
思わず振り返った彼の視線の先には、急速接近するゾイドの群れがあった。ディマンティスとディロフォース。鉄竜騎兵団の超小型、高速ゾイドだ。
「くそうっ、メガレオン隊は何をやっているんだ!」
メガレオンとは、共和国軍の開発した超小型砲撃戦用ゾイドだ。敵の侵攻に備えてスナイプマスターとともに配備されていた。共和国軍における現在の最新機種であり、高出力の光学迷彩を装備していることから損害は低いと予想されていた。全滅するはずが無い。
問題は、数だった。量産機とはいえ生産が始まって間もないメガレオンでは、数の多い上陸部隊を阻止できず、突破されてしまったのだ。
そして、もう一つ。上陸部隊にも、最新鋭の機体が配備されていたのが原因だった。ゾイドの名は、グレイヴクアマ。対地、対空、輸送という飛行ゾイドの3大要素を全て揃えた超高性能、超小型ゾイドだ。グレイヴクアマは、マッハ2に届くほどの高速で、その腹に地上ゾイドを抱え、陸の内部にまで戦闘ゾイド部隊を大量に輸送したのだ。
包囲されつつあることを知った共和国軍は、完全に浮き足立っていた。そして、その焦りと絶望感を逆撫でするように、大きな波しぶきを伴って、海中から巨大な物体が出現した。
やたら目を引くオレンジ色のそれは、猛スピードで砂浜に突っ込むと、その前部を大きく展開させた。それがドラグーンネストから分離された揚陸艇だということを、守備隊は知る由もなかった。それが、合わせて14機、クックの砂浜を埋め尽くした。そして、大きく開いたその中から、次々とゾイドが吐き出された。
「な・・・!?」
それを見た共和国兵全員の顔から、血の気が引いた。
揚陸艇から颯爽と姿を現したゾイドが、一斉に吼えた。鉄竜騎兵団の切り札、バーサークフューラーだった。フューラーは、守備隊に迎撃する時間も与えず猛烈な砂煙を巻き上げながら敵陣に突っ込むと、戦意の喪失した守備隊を、次々と葬っていった。バスタークローがうなり、ビームキャノンが火を噴き、爪と牙が閃くたびに、悲鳴と爆炎が戦場を埋め尽くしていった。

「上陸は成功だな」
ドラグーンネストのパイロット待機室で、モニターを眺めながら中佐が呟いた。
その後数時間の戦闘とは呼べない殺戮の後、沿岸部周辺は、完全に上陸部隊の物となった。
マッカーチス、ディマンティス、ディロフォースからなる先方部隊のかく乱によって共和国守備隊の戦力は二分され、その隙間を、バーサークフューラーを筆頭とする主力部隊が突破に成功。守備隊を完全に包囲し、殲滅した。
「さて、いよいよ故郷の大地を踏みしめることが出来るぞ、っと、お前にとっては『初めての故郷』か。デューク」
「そうなりますね。楽しみですよ、『自分の故郷がどんな土地』なのか」
皮肉っぽく笑う中佐に、俺も苦笑しながら答えた。老兵たちにとっては『凱旋』である今回の戦いも、俺にとっては『遠征』だった。だが今、俺はここに『帰ってきた』。

自分たちの親に、共通の願いがあったとしたらどうだろう。
その願いを誰一人果たすことなく逝ってしまったとしたらどうだろう。
そして、その願いが、50年という途方もない時間をかけた末に、自分たちの手で実現できることを知ったら、自分はどうするだろう。
答を出すのに、そう時間はかからなかった。

力に、なりたい。
悲願の名の下に、自らの命を捧げた者たちのために。
彼らの願った、栄光の祖国を蘇らせるために。

そして今、ネオゼネバス帝国軍親衛隊、デューク・レーベン・クロードは、中央大陸の大地を踏んだ。

NEXT→